残党狩り

美作為朝

 残党狩り

 「残党狩り」


 戦は終わった。


 <艶福王えんぷくおう>ヨナス四世の率いるドッキア軍の完勝だった。

 両軍合わせ三万の兵がぶつかったパイカリア高原は土地の色が赤く変わるほど血が滲みこんでいた。

 切り落とされた腕に足。死にきれずもがく雑兵、人の活き死にに関係なく草をはむ放れ駒。

 戦斧から、長槍、兜にすね当て、ありとあらゆる武具まで散らばり拾い放題である。

 日の勢いが弱まりだした午後には死肉を漁りにハゲワシにハゲタカが黒い翼を広げ上空に集まりだしていた。


 <艶福王えんぷくおう>ヨナス四世は、二つコブの丘にある陣地に戻り幕内で直参のしょうきょうとともに勝利の美酒を味わっていた。

 ほろ酔いのヨナス四世の前には、四つの生首が並ぶ。


 サキソニアの領主にして王の甥、バガニア卿の首。

 その首は噂より老けていた。


 ピザジスト島の島主とうしゅにして<叫び劇団>の団長でもあるクルル・クレトスの首。

 その首は噂に違わず美男子だった。但し首を切り取った男の剣の腕が悪すぎた。下顎が斜めに右半分がなくその美しいかんばせを台無しにしていた。

 その首を見るものは誰もが自然と左に自身の首を傾けた。

 

 ニアミアの領主にして<娼婦割しょうふさき>のクェヴェス卿の首。

 その首は噂に違わずきれいに禿げ上がっていた。


 クロキアの領主にしてガプロ王の衆道の相手ロティア公の首。

 この首だけは、推測と推察でしかロティア公としかわからなかった。ダンダンス地方の傭兵集団が首にかけられた懸賞金目当てに奪い合ったからだ。

 

 しかしここに、敗軍のガプロ王の首はなかった。


 ヨナス四世は勝つには勝ったが、敗軍のガプロ王の行方はいまだ知れずであった。

 自軍の左翼が押されだすと兜も鎧も脱ぎすて托鉢僧たくはつそうに身をやつし馬で四里も駆け逃げたという噂だった。


 ヨナス四世は戦のため朝が早かったせいか酒がそれほど進んでいないにも関わらず気分が急に悪くなってきた。


「ふー」


 大きくため息をつく。


「どうされました?」

 

 気の利く者が王に声をかけた。

 王の幼馴染にして直参のウェロニア卿である。


「ひどく疲れた。休みたい」


 ウェロニア卿はその言葉が意味することをすぐに理解した。

 ヨナス四世が愛妾を戦場いくさばまで連れてきていることを知っていた。

 男は戦の前か戦の後かどちらかに恐ろしく女性を求めるものだ。

 それは身の貴賤を問わない。

 

「よって、ウェロニア卿、そこもとにたっとい役目を与えたい」

「はっ、なんなりと」

「ここは、戦勝記念の聖地ぞ。戦場を綺麗にしてこい」


 ヨナス四世はそう言うと、小姓に抱えられるようにして、さらに奥の幕内に退いた


 ウェロニア卿は跪き丁寧に命を受けたものの、頭を下げたとき若干だが顔をしかめた。


 なんということはない、残党狩りをしてこいということだ。



***********************



 ウェロニア卿と麾下の部隊は、もう一度血と死臭しかしないパイカリア高原に赴いた。

 もう日が傾き、西のかた青黒山せいこくざんに沈もうとしていた。

 一帯はほぼ、狼と野鳥の餌場と化していた。

 ウェロニア卿は、左右に卿の頭脳である軍師にして従軍僧のロニアス、と護衛としては最高だが至強を目指す騎士道精神と残虐性がないまぜになったサー・ヴィートンをはべらせていた。

 もう、大した首は残っていないだろうと、思っていたがそのとおりであった。

 従軍僧ロニアスは兜を目深にかぶりずーっと顔をしかめっぱなしである。

 戦史で学んだ戦と実際の戦はかなり違った。

 吐かないだけまだましというものである。

 逆にサー・ヴィートンは笑いながら両軍のまだ息のあるものを短槍で次々に串刺しにして立てていた。

 兵は、命乞いする死にかけた雑兵から武具と鎧を衣服を剥ぎ取り、とりわけブーツに固執した。

 さらに指ごと切り落とし指輪を口からは金歯、銀歯をせしめていた。


 日が沈んだそのときである。

 血で染まった赤黒いパイカリア高原に馬に乗った一人のボロボロの衣裳を纏った托鉢僧が現れた。


たっとい仕事はもうそのへんでよいのではないか?」


 托鉢僧は言った。


「はい、もっとたっとい仕事をともに行いましょう」


 ウェロニア卿が答えた。



************************



 ドッキア軍の陣地に敵襲を知らせる警報の長笛は一切ならなかった。

 ただただ、暗闇と混乱が陣地内を支配していた。

 ドッキア将兵のあげる悲鳴と謎の馬蹄の音だけが長い間鳴り響いた。

 女との短く浅い快楽から眠りかけていたヨナス四世の幕内に急報を告げるために駆け込んできたのは美男子の小姓ではなく血塗られた大きな剣を持ったサー・ヴィートンだった。


 サー・ヴィートンは、へらへら笑いながらヨナス四世の脳天に大剣で一撃を与えた。

 この戦い方だけは珍しく騎士道精神に一応のっとっていた。

 ウェロニア卿だけが知っていたのだが、このサー・ヴィートンは狂っていた。

 

 次にヨナス四世の幕内に入ってきたのは、ウェロニア卿ではなく、托鉢僧だった。

 托鉢僧は、豪奢なカーペットの上で脳漿を飛び散らせて倒れているヨナス四世を見つめながらゆっくりとかぶっていたフードをとった。

 ガプロ王がそこには立っていた。


 遅れて幕内に入ったウェロニア卿はガプロ王の前で跪いた。

 ガブロ王は言った。


「そちにドッキアの東半分を任す」

「ははーっ」


 ウェロニア卿はさらに深くこうべを下げた。


 ガブロ王敗走のきっかけをつくった崩壊する左翼と対峙したドッキア軍の右翼を担っていたのは、ウェロニア卿の軍勢なのである。

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