尊い彼女は天然で。

初見 皐 / 炉端のフグ

尊い彼女は天然で。

 尊い。その言葉は、一体どんな意味で、何を指す言葉なのか。

 辞書的な意味では、価値が高いだとか、貴重だ、大切だ、という意味がある。一方で、こんな使われ方もするのだ。所謂いわゆる「萌え」を超越した、最上級の褒め言葉である、と。

 ——だが俺は、こんな風にも思うのだ。尊いという言葉は、彼女のために存在するのではないか、と。



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可愛かわいなつめさーん」


「あ、はい!えっと、います!」


 出欠をとる先生の声に、慌てたように答えるのは隣の席に座る俺の無二の、可愛なつめ。容姿端麗にして天然で可憐な内面をも併せ持つ。あぁ、尊い。

 今日は2日間ある学園祭の後半日。教室は使えない状態なので、教室前の廊下にギチギチに詰め込む形で集合している。出席確認が細かいのもその為だ。その為なんだが——


「先生!ひかるくんが呼ばれてなくないですか?」


 1人だけ呼ばれなかったのは如何すればいい?



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「俺ってそんなに影薄いか?」


「そんなことないって!たまたまだよ、たまたまー」


 まあ、影が薄いからって出席まで飛ばされてたらやってらんないよな、たしかに。そもそも俺影薄くないし。


「なつめはどっか行きたいとこある?」


 昨日はそれぞれ男子、女子の友達と学園祭を回っていたのだが、今朝集まった2グループを合体して大人数で回ろうと話していると、いつのまにか2人で回ることになっていた。

 ……拓実たくみ誘導能力高すぎないか?


「うーん、たしかお化け屋敷あったよね?」


「おぉう、朝イチでそこ行くか」


 OK、行こう。……たかが学園祭のお化け屋敷だ。そんなに怖くないはず。怖く……ない、はず。


「あれ、顔色悪い?——手が震えてる!保健室行かなきゃ!」


「いや…大丈夫、おば、お化け屋敷…行くんだろ?さ、さっさと…行こう」


「えっ、わ、ほんとに大丈夫!?」


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「終わっ、た……」


 コワクナカッタ。コワクナンテ、ナカッタヨ。


「やー、楽しかった!叫び声が凄いリアルだったね!」


 なつめさんよ、それはお化けが俺の青白い顔と今にも死にそうな様子に驚いていたのだよ。


「もっかいいく?」


「——っ」


「ひかるくん?ひかるくん!?」




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 保健室で横になった後、模擬店や出し物もひと通り回り、学園祭も終盤。


「ひかるくん、私ちょっと用事があるの。校庭の特設ステージで待ってて」


 急な話だ。特設ステージというと、もうすぐ有志のライブが始まる頃なので、待ち合わせには向かない気がするのだが。



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 ——ライブが始まる。


 ボーカルは——なつめだ。正直予想していた通りだ。『驚いた?』というようにこっそりウィンクするなつめ、尊い。




「魂を込めて練習した一曲です。聴いてください」



 ラブソングだった。流行りのものではない。

 なつめの歌はとても上手だった。技能がどう、というものではない。心が、こもっていた。俺の知らない曲。もしかしたら自分たちで作曲したのかもしれないし、たくさんの音楽の中から時間をかけて選んだものなのかもしれない。一言一言が、魂の叫びだった。




 曲が終わった。

 気がつけば、俺はなつめの歌声に聞き入っていた。魂が、強く惹かれていた。


 なつめが、話し始める。

「——この歌を、私が想いを寄せるある1人の男の子に贈ります。」


 最高の笑顔を浮かべて。


「ひかるくん、好きだよ」


 だから俺も彼女に聞こえるように。


 ——俺も、大好きだ。なつめ。

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