安易に叫べ、遠慮はいらん
ラクリエード
安易に叫べ、遠慮はいらん
何もない休日。
ゆっくりと流れる時間の中で、雲一つない空から降り注ぐ日差しを、ぽかぽかと足に浴びながら、食い入るように見つめる女性が一人。すっかり冷めてしまったラテをすすりつつ、スマホに大量に書き込まれている情報を、ただ黙々と仕分けていた。
プロモーション、フォローの投稿、化粧品、アクセサリ、バッグ、スイーツ、動画。
読む、読まないを、せわしなく瞳を動かし、瞬時に判断しながら、自分のための情報を漁り続けている。
それから数十分。ラテがすっかりなくなった頃、ふと女性が視線を上げる。
そこには同居人であるもう一人の女性いて、その横姿を認めるなり、スマホの女性は目を細めた。同居人は諸手の指を天へと伸ばし、背筋をピンとして、正座。相方に見られていることも気に留めず、ゆっくりと上半身を前に倒していく。柔らかい身体は、胸を腿にまでつけて、一礼。
ヨガにでもはまっているのか、といえばそうでない。彼女の崇拝の対象は、音も何も流していないスマホだ。
「尊うございます……ありがとうございます……!」
噛みしめるようなに呟いた正座の女性の、無機質な画面にあるのは、一枚のイラスト。数秒してようやく顔を上げた女性はスマホを手に取り、食い入るように見つめた後、無言でロングタッチをして、にやける顔を天井へと向ける。
また萌えてんの、とラテの方が尋ねると、びくりと身体を起こした正座の方はいいじゃないの、と足を伸ばしながら返した。
「ユリってさ、尊いの基準低すぎじゃない?」
そうかなぁ、と首を傾げながら、ユリと呼ばれた女性は片手でスマホを触り始める。
「でも、推しとかがかっこく描かれたり、それがアクキーとかになってたらヤバくない? マコだってスイーツ専門店の映えスイーツとかいいねしまくってるじゃん」
軽く口を尖らせるマコはカップをテーブルに置いて、
「あれは、予定が合えば食べに行こうっていう、メモだから。かわいいから食べに行くとかじゃないし」
と手元の作業に意識を向ける。
「じゃあ美男子ゲームやってるけど、推しくらいいるでしょ?」
言葉と操作のやりとりがこの狭い空間の中で繰り広げられる。
「そりゃいるけどユリみたいに、毎度毎度、大げさに全身を使って表現したりしないって」
マコのスマホでは、見かけたユーザーのフォローボタンが押される。
「えー、大げさじゃないって。わたしの中じゃあれでも足りないくらいなのに」
ユリのスマホでは、検索対象時間を指定して画像検索をしている。
「でも、毎日あんなの見てるとさ、なんか、疲れるっていうか、なんていうかさー」
つまさきをパカパカと揺らすマコ。
「前から言おうと思ってたけど、マコはマコでクールだよねぇ。好きは好きでも冷静っていうかさ」
空いている手で絨毯の模様をぐりぐりと変えるユリ。
「別にそんなつもりはないんだけどね。ただどストライクすぎるものが滅多にないってだけで」
マコは髪をいじる。
「でもそうじゃん。昔から、好きなものの収集癖はあるけれど、それで仲良くなった友達がいるのに、分かる分かるって答えるばっかりで、テンション上げないし」
お昼だ、とユリが時刻を確かめた。
「あー、うん。なんでか上がらないんだよね。確かに好きなんだけど、舞い上がるほどじゃないというか、なんというか」
何にする、とマコ。
「それをクールって言ってるんじゃん。マコっていっつもそうだよねぇ。もっとテンション上げたらいいのに」
ファミレスランチにする? とユリがスマホをポケットに入れて立ち上がる。
「なんて言うんだろ。尊いっていう感情はあるんだけど……じゃあなんで好きなのかって、ユリは考えたりする?」
ピザがいい、とマコのスマホには出前の商品選択画面。
「えー? 何それ。好きは好きでいいじゃん。彼氏には言われたいかもしれないけどさ」
シーフードで安いのない、とユリは彼女の背後にまわり、スマホを覗き込む。
「私はさ、なんか考えちゃうんだよね。なんでこのバンドが好きになったんだろうって。わんわんと歌ってるボーカルも、バンバン鳴る楽器も、何か違っててさ。じゃあ、残るは歌詞くらいだけど、それもまた違ったし」
これもいいんじゃない、とマコの指すのはトップにでかでかとある大幅値下げピザ。
「ほうほう、なるほどなるほどー。もっと素直になっていいんじゃないのー、マコ」
何が、と近くにある顔を見つめつつ、注文を確定させる。
「尊いとか好きって、説明するもんじゃないんだよー、マコ」
到着予定時刻が表示されて、にやりとしているその顔は、
「そんなの全部、後付けなんだって。無理に説明しようとするから、こじつけになっちゃうの。で、それが自分の中でピンとこなくて、なんで尊いって思ったのか、分からなくなっちゃう」
また遠ざかってもとの位置に戻った。
「好きは好き。尊いは尊い。それでいいじゃん。理由を探すのは、もっと好きになるためで、いいんじゃない?」
またスマホを取り出したユリは、一度、にこりとマコに笑って見せた。
安易に叫べ、遠慮はいらん ラクリエード @Racli_ade
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