尊い命のお話

かどの かゆた

尊い命のお話

「俺、ヴィーガンになろうかな」


 久々に会った友人は自嘲的な笑みを浮かべて、そう言った。


「急にどうしたんだい?」


 僕は彼にそう問いかける。思考は人の勝手だと思うし別に止めはしないが、理由くらいは聞いておきたい。


 僕らはとあるカフェで偶然再開したところだった。甘党の僕はミルクたっぷりのカフェラテを飲んでいる。それに対面する友人はブラックコーヒーを飲んでいた。


「命は尊い、って言うだろ?」


「言うね。あまりにも手垢に塗れた表現だ」


 どれだけの人がその言葉を語っただろうか。元々深い含蓄のある言葉だったはずだが、この頃は使い古されて、どんどん薄っぺらくなっているようにも思う。

 とにかく、友人の言わんとするところは分かった。

 人類は肉を食べるために沢山の動物を殺している。それは倫理的に良くないし、環境の観点から言っても色々と問題があるのだ。テレビやネットニュースを見れば耳にタコが出来るほど聞く話である。


 友人はその後僕が想像した通りの話をしてから、こう締めくくった。


「つまり、動物を殺してのうのうと生きているのは、何だか違う気がするんだ」


「まぁ、そういう考えもあるだろう」


 僕は反応に困ってしまって、当たり障りのない相槌をする。

 ともかく、友人の考えは分かった。そしてそれは彼の中での問題であって、活動家になってヴィーガンの思想を広めていくとか、そういったことは考えていないようだった。


 自分が納得できていれば、良いんじゃないだろうか。僕はそう思った。






 友人とカフェで話してから数カ月後、僕らはまた会った。

 再開した彼は信じられないくらいやせ細っていて、どこか病的ですらいた。


「大丈夫か?」


 僕は、あまりに驚いて、衝動的に友人へ昼食べようと思っていたパンを差し出した。彼は黙って、それを受け取ろうとはしなかった。


 僕は鞄に入っている幾つかのパンを全て確認する。すると、そこにはたまたまヴィーガンに配慮したパンが入っていた。


「ほら、これなら、動物由来のものは何も使われていないよ」


 しかし、友人は首を横に振った。


「駄目なんだ」


「何が駄目だって言うんだ」


「命は全て平等に、尊いんだよ」


「それがどうしたっていうんだ」


「植物だって、命じゃないか」


 友人の発言を聞いて、僕は困惑した。

 それはまぁ、確かにそうだ。一部の研究なんかでは植物も痛みを感じているとかいないとか、そんな話がある。


 でも、それじゃあ、友人はどうやって生きているんだろう。


「サプリメントとか、栄養剤を注射してるんだ」


 彼はどうやら疲れ切っているようだった。

 そのサプリメントや栄養剤の原料は何なのだろう。言ってることが切り身が海で泳いでいると勘違いする子どもと一緒だ。


「君、いつか死ぬぞ」


「それも良いかもしれない。だって、等しく尊い命ならば、毎日それを消費している人類は死ぬべきだ」


 そう言って友人は僕と別れた。

 その後、友人がどうなったのか、僕は知らない。知ったところで、僕に残るのは後悔と偏見くらいのものだろうから、確認もしたくなかった。






 この前、ホームレスの男がコンビニの前でカップ麺を食べていた。汚らしくひげを生やした、ひょろひょろした男だった。

 僕は何故か友人のことを思い出して、彼に言ってみた。


「動物や植物を殺して作ったラーメンを啜っていることについて、どう思われますか? ご意見をお聞かせ願いたい」


 男はからかわれていると思ったのか(実際、からかい半分だった)こちらを睨んできた。ここが法治国家でなければ殺されていたかと思うほどの剣幕だった。


 僕はすっかり満足して、その場を立ち去った。


 仮に遠くない未来、世界中でヴィーガンのような思想が主流になったとして。

 そんな生き方を選択出来るほど豊かで科学の進んだ完璧な社会の人たちから「あの頃の奴らは遅れていたなぁ」と思われるのだろうか。


 それは何だか、納得いかないじゃないか。

 まぁ結局、僕は自分の命を他のどの命よりも尊んでいるという、それだけの話かもしれないが。

 


 


 


 

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尊い命のお話 かどの かゆた @kudamonogayu01

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