信用度0の勇者

 僕の名はオスモ・アレグリア。

 僕の信用はほとんどないと言っても過言ではない。

 というより、信用度ははっきり言って0だ。


 ただ、僕の日頃の行いが悪いから、などではない。

 僕が幼い頃に国に伝わる神聖な森で無断で大魔法を行使して焼き払ってしまったことが原因だ。

 まぁ、それ以外にもその他諸々があるのだが。

 

 けれど、僕は本当にその時の記憶がない。

 自分がやったという、自覚がない。

 そのせいだろうか。

 

 国中から嫌われ、勇者として生を受けたにも関わらず、国王から魔王の討伐を任ぜられてもなんの援助もない。

 僕は、この国が嫌いだ。


 そんな環境下で育ってきたからか、いつの日顔をフードで覆うことが増えた。

 全身にプレートアーマーを装備し、黒色のマフラー。

 そして黒色の腰巻をしている。


「はぁ、なんでこうなっちゃたのかなぁ」


 そう、短く洩らした。

 そもそも、俺は元々ここらじゃ一番元気のあった子供だ。

 友達も何人もいた。

 大人の友達も、それに、何よりモテていた。


 けれど、いつの日かみんな俺を蔑むようになった。

 みんな僕から離れていった。


「クソッ」


 そう言って僕は暗い路地裏の誰の家かもわからない家の壁に拳を打ち付ける。


 今日は、旅立ちの日だというのに、誰も俺を歓迎しない。

 誰も、認めない。


 俺は行く前に武器屋に立ち寄ろうと歩みを進める。

 武器屋は王城のすぐ前にある。

 王城へと続く階段から左へいくつか行けばもう武器屋はそこだ。


「失礼する」


 わざと声質を変え、武器屋のおじさんに話かける。

 確か、レスター・ガイムとか言っただろうか。


「おう、旅人さん、この辺りは弱い魔物も多いからな、何買うんだ?」

「この店で最も高い武器が欲しい」

「うーん、だったらこれかもな」


 と言って武器屋は一つの剣を差し出してきた。

 見事な剣だが、魔王に通用する武器ではないだろう。

 どこかで剣の差し替えを行わなければならないな。


「銘は『てつつるぎ』と言ったところか。はいよ、兄ちゃん」


 そう言って両手で支えられて差し出された『てつつるぎ』。

 その剣は、ただの鉄の塊ながら、非常に重量を持っており、手にズシッと重みが圧し掛かる。

 だが俺は曲がりなりにも勇者としての生を受けた、魔王を倒す使命を持った勇者だ。


「フンヌッ」


 その掛け声で『てつつるぎ』を持ち上げる。

 だが、そこで気づいた。


 地声が、思わず出てしまったのだ。

 この町で俺の声を知らない者はいない。

 それが意味をするのは――。


「あ? あんた、まさか……」

「チィッ」


 と、聞こえるように舌を鳴らし床を蹴る。

 ドアノブを剣先で回転させ、すぐに武器屋前の民家の上に飛び乗る。


「――まずい。早くここから出なくては」

「オスモが来たぞーッッ! みんな壊されたくないものがあればすぐにそいつを捕らえろ!」


 ほうら、見つかっただけでこの仕打ち。

 

 なんなんだよ。

 僕は悪態をついてすぐさま民家の上を飛んで飛んで、門前まで辿り着く。

 既に広場前には草の根分けて俺を探しだす男どもで溢れかえっている。

 上から民家を覗き込むと、二十代後半の女性が赤ん坊を抱き締めて「神様……」と祈っていた。


「何だよ。そんなに、僕が危険に見えているのか? そんなに僕が、怖いのか……?」


 わかってはいた。

 町の現状を。

 ただ、こうして目にすると、俺の覚悟は生半可なものだったと認識させられた。

 こいつらは、俺を世界を壊す畏怖するべき破壊の象徴とでも思っているのだろうか。

 ならば、せめて肩書通りこの町を滅ぼしてやろうか。


「『凝縮光ぎょうしゅくこう』――」


 俺は左手を天に向け、光を集める。

 町を滅ぼさん、と。


「もう、やめてくれよ。そんなに、僕を怖がるのは。あれはやってないと言ったけど、本当にやっていないんだよ……。僕じゃない誰かだ。もう、俺を許してく――」

「いたぞ! オスモだ‼ 殺せ‼」


 殺、せ……?

 今、一番前に出ている屈強な男の口から殺せという言葉が飛び出した。

 何の遠慮もなく―――。


「「「殺せーーーッ‼」」」


 俺は無意識に左手を下方向へと下ろし始めていた。


「――ッッ」


 その瞬間、かつてこの町で過ごした幾多もの思い出が頭をよぎる。

 彼らを守りたい――、と。

 それが本当にお前のやりたいことなのか、と俺を引き留めるように。


「くっ……」


 俺は静かに手を天に向け、魔法を発動させ門の上を飛んで走った。


 ◇


 僕は結局彼らに手出しをせずにここまで来てしまった。

 いや、これで、いいんだ。


 そう自分に言い聞かせて目の前の敵に全神経を注――ごうとしたがそれは死に直結しかねない、と反省し、周りの草音、足音に耳を澄ませる。


「スッ――」


 そう言った短い掛け声で俺は右腕を突き出す。

 『てつつるぎ』が凄まじい速度で緑色の肌を持つゴブリンに突き刺される。


「グギャァッ」


 断末魔を上げたものの、ぎりぎり致死までには至らなかったのか、口から紫の液体を滴り落として息を続けている。

 黄色の目をした細身の身体。

 細身というよりはがりがりなのだが、それでいて小柄だ。


「ごめん、マジで不快」


 そう言って俺はゴブリンを斬り捨てた。


 グシャッという不快な音と共に紫色の液体を周囲に飛び散らせ、最後までその気持ち悪さを熱演してくれた。

 できればもう見たくないものだけど。


 その時、僕の身体が青白い光に包まれる。

 温かく、どこか昔を感じさせるような高揚感に包まれて、その直後に身体がふっと軽くなる。


 試しに剣を振ってみると、風切り音と共に自分の成長の実感を得られた。


「すごいな……。話には聞いていたけど、まさかここまでとは……」


 その後俺は、結局一昼夜ゴブリンを狩り続けることになった。

 おかげでかなりの実力を手にすることができた。

 このあたりの魔物には、まず負けることはないだろう。


「……と、なると今夜の寝床だな」


 そう言って僕はポーチから地図を取り出す。

 地図によるとここから最短の宿泊可能施設のあるところはここからほぼ真東に向かってのマーカス村だ。


「『光灯ライト』」


 左手を前に差し出して、詠唱を開始する。

 すると左手に手のひらより若干大きいほどの炎が生まれる。

 ゴブリンを狩っていき、身に着けたスキルだ。


 途端に暗かった周りが光に照らされて少し先が見えるようになった。

 こういった便利スキルは冒険を初めて序盤で手に入れられるようなのだが、戦闘で本格的に使える魔法スキルや戦闘スキルは後半にならなければ取得できないようだ。


「けど、方角わかんないから真東で合ってるのかもわからない……」

「こんな夜更けに町の外にいるとは……死んでも文句は言えんぞ?」


 後ろから急に話しかけられ、はっとして後ろを、見ると今にも倒れそうな老人を見つける。

 それを支えようと奮闘する杖もぐらぐらとしている。


「儂はクリティカル。ただのしがない老人じゃよ」

「嘘つかないでください。ただの老人が後ろに音もなく歩み寄れるものですか」

「ほっほっほっ。中々感がいいようじゃな。じゃが、害意はないとしってくれ。儂のことはクリティカル爺とでも呼んでくれればよい」


 気の狂う老人だ。

 いや、ただの老人がこんな夜更けに外を歩き回るだろうか。


「お、ちょうどいい的が現れたな」


 そう老人が言うと巨躯が僕の目に入る。

 これは、ゴブリンの上位種――ゴブリンロード。

 ゴブリンをそのまま大きくしたような見た目だが手には錆びついた大剣が握られている。


「逃げてください‼」

「黙っとれい」


 その時、僕の目に見えたのは凄まじい光景だった。

 僕の後ろにいた老人が跳躍を見せ、そして手に握られた杖をゴブリンロードの頭上に振り下ろす。

 

 すると凄まじい轟音ながら快音が頭に響く。

 ゴブリンロードの打撃部に小爆発が連なり、視界が閃光に染まる。


「なっ――⁉ 今のは……」

「ほっほっほ。戦闘においては最も強力になるであろう奥義、クリティカルヒットじゃ。本来ならよく磨かれた鉄製の剣での攻撃時、稀に発動するものなのじゃがな」


 ――な。

 僕が一昼夜戦い続けてもそのクリティカルヒット、というものは発動しなかった。

 それを任意で発動させたというのか。

 それも木製の杖で。


「すみません、それ、どうやったんですか?」

「簡単なことじゃ。コツさえ掴めばな」


 ◇


 僕はその日、老人と共に特訓を続け、その「クリティカル法」をマスターした。

 これは百発百中でクリティカルを決められるというものだ。


「うーん、そろそろ暗くなってきたな」


 僕は周りの空を見上げてため息をつく。

 それもそうだ。

 ため息もつきたくなるような曇天。

 何をなるにもやる気が起きない。


「ピュ~イッ!」


 二本の指の隙間から音を鳴らすとすぐさまレアウルフの群れがやって来る。

 それに対して肩から剣を抜き去り、携える。

 その剣を、肩に担いで低い姿勢を取り、レアウルフの集まる瞬間を見計らう。

 

 レアウルフの爪攻撃が飛んでくるが、まだそのタイミングではない。

 僕はそれをなんとか頭を逸らして避け切る。

 その間に、遅れていた最後の一匹が群れに追いつく。


 恐らく外から見れば餌を食べる鳥のように密度ギシギシの間がない状態に見えるだろう。


「『転回雷閃斬てんかいらいせんざん』ッッ!」


 その言葉を思い浮かべた途端、右手が勝手に周りのレアウルフを両断していく。

 雷を纏った大剣がレアウルフの腰から少し上あたりを両断し続け、その間に凄まじい快音と小爆発、周りに雷が降り注ぎ、天地を揺るがす。


 斬撃が止まって尚残りの雷が周囲でピリッと言っている。

 そのおかげもあって、雲が急激に全方位に寄せられていき、少なくとも、今日の目的地までは晴れが続いている。


「成功かぁ。このまま効果が薄れるまでに町につきたいなぁ」


 俺は再びフードを深く被り次の町を目指した。

 次の町は―― 僕の名はオスモ・アレグリア。

 僕の信用はほとんどないと言っても過言ではない。

 というより、信用度ははっきり言って0だ。


 ただ、僕の日頃の行いが悪いから、などではない。

 僕が幼い頃に国に伝わる神聖な森で無断で大魔法を行使して焼き払ってしまったことが原因だ。

 まぁ、それ以外にもその他諸々があるのだが。

 

 けれど、僕は本当にその時の記憶がない。

 自分がやったという、自覚がない。

 そのせいだろうか。

 

 国中から嫌われ、勇者として生を受けたにも関わらず、国王から魔王の討伐を任ぜられてもなんの援助もない。

 僕は、この国が嫌いだ。


 そんな環境下で育ってきたからか、いつの日顔をフードで覆うことが増えた。

 全身にプレートアーマーを装備し、黒色のマフラー。

 そして黒色の腰巻をしている。


「はぁ、なんでこうなっちゃたのかなぁ」


 そう、短く洩らした。

 そもそも、俺は元々ここらじゃ一番元気のあった子供だ。

 友達も何人もいた。

 大人の友達も、それに、何よりモテていた。


 けれど、いつの日かみんな俺を蔑むようになった。

 みんな僕から離れていった。


「クソッ」


 そう言って僕は暗い路地裏の誰の家かもわからない家の壁に拳を打ち付ける。


 今日は、旅立ちの日だというのに、誰も俺を歓迎しない。

 誰も、認めない。


 俺は行く前に武器屋に立ち寄ろうと歩みを進める。

 武器屋は王城のすぐ前にある。

 王城へと続く階段から左へいくつか行けばもう武器屋はそこだ。


「失礼する」


 わざと声質を変え、武器屋のおじさんに話かける。

 確か、レスター・ガイムとか言っただろうか。


「おう、旅人さん、この辺りは弱い魔物も多いからな、何買うんだ?」

「この店で最も高い武器が欲しい」

「うーん、だったらこれかもな」


 と言って武器屋は一つの剣を差し出してきた。

 見事な剣だが、魔王に通用する武器ではないだろう。

 どこかで剣の差し替えを行わなければならないな。


「銘は『てつつるぎ』と言ったところか。はいよ、兄ちゃん」


 そう言って両手で支えられて差し出された『てつつるぎ』。

 その剣は、ただの鉄の塊ながら、非常に重量を持っており、手にズシッと重みが圧し掛かる。

 だが俺は曲がりなりにも勇者としての生を受けた、魔王を倒す使命を持った勇者だ。


「フンヌッ」


 その掛け声で『てつつるぎ』を持ち上げる。

 だが、そこで気づいた。


 地声が、思わず出てしまったのだ。

 この町で俺の声を知らない者はいない。

 それが意味をするのは――。


「あ? あんた、まさか……」

「チィッ」


 と、聞こえるように舌を鳴らし床を蹴る。

 ドアノブを剣先で回転させ、すぐに武器屋前の民家の上に飛び乗る。


「――まずい。早くここから出なくては」

「オスモが来たぞーッッ! みんな壊されたくないものがあればすぐにそいつを捕らえろ!」


 ほうら、見つかっただけでこの仕打ち。

 

 なんなんだよ。

 僕は悪態をついてすぐさま民家の上を飛んで飛んで、門前まで辿り着く。

 既に広場前には草の根分けて俺を探しだす男どもで溢れかえっている。

 上から民家を覗き込むと、二十代後半の女性が赤ん坊を抱き締めて「神様……」と祈っていた。


「何だよ。そんなに、僕が危険に見えているのか? そんなに僕が、怖いのか……?」


 わかってはいた。

 町の現状を。

 ただ、こうして目にすると、俺の覚悟は生半可なものだったと認識させられた。

 こいつらは、俺を世界を壊す畏怖するべき破壊の象徴とでも思っているのだろうか。

 ならば、せめて肩書通りこの町を滅ぼしてやろうか。


「『凝縮光ぎょうしゅくこう』――」


 俺は左手を天に向け、光を集める。

 町を滅ぼさん、と。


「もう、やめてくれよ。そんなに、僕を怖がるのは。あれはやってないと言ったけど、本当にやっていないんだよ……。僕じゃない誰かだ。もう、俺を許してく――」

「いたぞ! オスモだ‼ 殺せ‼」


 殺、せ……?

 今、一番前に出ている屈強な男の口から殺せという言葉が飛び出した。

 何の遠慮もなく―――。


「「「殺せーーーッ‼」」」


 俺は無意識に左手を下方向へと下ろし始めていた。


「――ッッ」


 その瞬間、かつてこの町で過ごした幾多もの思い出が頭をよぎる。

 彼らを守りたい――、と。

 それが本当にお前のやりたいことなのか、と俺を引き留めるように。


「くっ……」


 俺は静かに手を天に向け、魔法を発動させ門の上を飛んで走った。


 ◇


 僕は結局彼らに手出しをせずにここまで来てしまった。

 いや、これで、いいんだ。


 そう自分に言い聞かせて目の前の敵に全神経を注――ごうとしたがそれは死に直結しかねない、と反省し、周りの草音、足音に耳を澄ませる。


「スッ――」


 そう言った短い掛け声で俺は右腕を突き出す。

 『てつつるぎ』が凄まじい速度で緑色の肌を持つゴブリンに突き刺される。


「グギャァッ」


 断末魔を上げたものの、ぎりぎり致死までには至らなかったのか、口から紫の液体を滴り落として息を続けている。

 黄色の目をした細身の身体。

 細身というよりはがりがりなのだが、それでいて小柄だ。


「ごめん、マジで不快」


 そう言って俺はゴブリンを斬り捨てた。


 グシャッという不快な音と共に紫色の液体を周囲に飛び散らせ、最後までその気持ち悪さを熱演してくれた。

 できればもう見たくないものだけど。


 その時、僕の身体が青白い光に包まれる。

 温かく、どこか昔を感じさせるような高揚感に包まれて、その直後に身体がふっと軽くなる。


 試しに剣を振ってみると、風切り音と共に自分の成長の実感を得られた。


「すごいな……。話には聞いていたけど、まさかここまでとは……」


 その後俺は、結局一昼夜ゴブリンを狩り続けることになった。

 おかげでかなりの実力を手にすることができた。

 このあたりの魔物には、まず負けることはないだろう。


「……と、なると今夜の寝床だな」


 そう言って僕はポーチから地図を取り出す。

 地図によるとここから最短の宿泊可能施設のあるところはここからほぼ真東に向かってのマーカス村だ。


「『光灯ライト』」


 左手を前に差し出して、詠唱を開始する。

 すると左手に手のひらより若干大きいほどの炎が生まれる。

 ゴブリンを狩っていき、身に着けたスキルだ。


 途端に暗かった周りが光に照らされて少し先が見えるようになった。

 こういった便利スキルは冒険を初めて序盤で手に入れられるようなのだが、戦闘で本格的に使える魔法スキルや戦闘スキルは後半にならなければ取得できないようだ。


「けど、方角わかんないから真東で合ってるのかもわからない……」

「こんな夜更けに町の外にいるとは……死んでも文句は言えんぞ?」


 後ろから急に話しかけられ、はっとして後ろを、見ると今にも倒れそうな老人を見つける。

 それを支えようと奮闘する杖もぐらぐらとしている。


「儂はクリティカル。ただのしがない老人じゃよ」

「嘘つかないでください。ただの老人が後ろに音もなく歩み寄れるものですか」

「ほっほっほっ。中々感がいいようじゃな。じゃが、害意はないとしってくれ。儂のことはクリティカル爺とでも呼んでくれればよい」


 気の狂う老人だ。

 いや、ただの老人がこんな夜更けに外を歩き回るだろうか。


「お、ちょうどいい的が現れたな」


 そう老人が言うと巨躯が僕の目に入る。

 これは、ゴブリンの上位種――ゴブリンロード。

 ゴブリンをそのまま大きくしたような見た目だが手には錆びついた大剣が握られている。


「逃げてください‼」

「黙っとれい」


 その時、僕の目に見えたのは凄まじい光景だった。

 僕の後ろにいた老人が跳躍を見せ、そして手に握られた杖をゴブリンロードの頭上に振り下ろす。

 

 すると凄まじい轟音ながら快音が頭に響く。

 ゴブリンロードの打撃部に小爆発が連なり、視界が閃光に染まる。


「なっ――⁉ 今のは……」

「ほっほっほ。戦闘においては最も強力になるであろう奥義、クリティカルヒットじゃ。本来ならよく磨かれた鉄製の剣での攻撃時、稀に発動するものなのじゃがな」


 ――な。

 僕が一昼夜戦い続けてもそのクリティカルヒット、というものは発動しなかった。

 それを任意で発動させたというのか。

 それも木製の杖で。


「すみません、それ、どうやったんですか?」

「簡単なことじゃ。コツさえ掴めばな」


 ◇


 僕はその日、老人と共に特訓を続け、その「クリティカル法」をマスターした。

 これは百発百中でクリティカルを決められるというものだ。


「うーん、そろそろ暗くなってきたな」


 僕は周りの空を見上げてため息をつく。

 それもそうだ。

 ため息もつきたくなるような曇天。

 何をなるにもやる気が起きない。


「ピュ~イッ!」


 二本の指の隙間から音を鳴らすとすぐさまレアウルフの群れがやって来る。

 それに対して肩から剣を抜き去り、携える。

 その剣を、肩に担いで低い姿勢を取り、レアウルフの集まる瞬間を見計らう。

 

 レアウルフの爪攻撃が飛んでくるが、まだそのタイミングではない。

 僕はそれをなんとか頭を逸らして避け切る。

 その間に、遅れていた最後の一匹が群れに追いつく。


 恐らく外から見れば餌を食べる鳥のように密度ギシギシの間がない状態に見えるだろう。


「『転回雷閃斬てんかいらいせんざん』ッッ!」


 その言葉を思い浮かべた途端、右手が勝手に周りのレアウルフを両断していく。

 雷を纏った大剣がレアウルフの腰から少し上あたりを両断し続け、その間に凄まじい快音と小爆発、周りに雷が降り注ぎ、天地を揺るがす。


 斬撃が止まって尚残りの雷が周囲でピリッと言っている。

 そのおかげもあって、雲が急激に全方位に寄せられていき、少なくとも、今日の目的地までは晴れが続いている。


「成功かぁ。このまま効果が薄れるまでに町につきたいなぁ」


 僕は再びフードを深く被り次の町を目指した。

 次の町は――セリア。

 美しい水の都として知られる町だ。


 と、そこで魔物に襲われている少女を見つける。


 彼女は碧眼の顔立ちの整った美少女。

 年齢は、俺と同じくらいだろう。

 すこしおっとりとした雰囲気の彼女は、つばが非常に長い黒に白い帯が巻き付いている帽子。

 シャツにスカート、前が総開きのブレザーを羽織った女子高生のよな服装。


 僕はフードを深く被り、走り出す。

 彼女を助けようと勝手に足が動いたのだ。


 ただでさえ何かをやればすぐに失敗して罵られるのがオチだ。

 けれど、今だけは――。

 目の前で蹂躙される女の子を無視できるものか、と剣を抜き去り突きの姿勢をとる。


 半ば飛び出しのような姿勢で魔物に突きを放つ。

 魔物は先ほど群れで襲い掛かってきたレアウルフのようだ。


 レアウルフの瞳孔を剣が突き、そこから捻って頭を斬り刻む。

 激しい出血を伴い俺の手に熱がかかる。


「はぁッ!」


 そして斬り捨て、女の子に手を差し伸べる。


「あ、ありがとうございますぅ……!」

「いや、なんてことないよ」

「あ、あの、よかったら港町セリアに来てくださいませんかっ?」


 僕はそこでえっと一度迷ってしまう。

 だがここで断るのも少し怪しまれるのではないのか――と思い俺はお言葉に甘え、そこでなんと一夜を過ごした。


 俺は彼女に甘えフードを取ってしまった。

 最近は余り噂を聞かないとはいえ、もちろん、最初は大丈夫だった。

 だが今日、たまたま町にとある手紙が多数届いたのだ。


 いや、正式には手紙ではない。


「あ、あのぅ……、私、眠れないですぅ……」

「あぁ、僕も眠れなかったんだよ」


 これは、誘っているのだろうか。

 自分で言うのも何だが元々僕は顔が悪いほうではない、いやむしろ良いほうだろう。


 彼女は僕のベッドに潜り込んで顔を赤らめる。

 これは、行けば許してくれるような感じが取れた。

 こんな夜更けだ。

 暗闇。

 ご両親も眠っていることだろう。

 いや、眠っていないとしても娘の恋を邪魔するような親には見えなかった。


 ただ、僕は、一日限りの付き合いでここまで発展するのは少し後ろめたさを感じる。

 あちら側としては命を助けてもらった恩人なのだろうが、こちらは特に利は求めてはいなかった。

 しかも、これほどの。


 ――その時、ドアが荒々しく開けられる。

 そこには険悪な顔をしたこの子、ラナ・スペンドラヴの父親と、青ざめ頭を抱えるは母親。


「こ、これは誤解で……っ」

「娘によるな! 悪党め‼」

「私たちの命は求めません。ですからどうか娘だけでも……‼」


 何を言って――。

 そう言おうとしたもののなぜか声が出なかったのだ。

 どうしようもない、心当たりがあるから。


「この顔は、この八年前にオルグレンの森を焼き払ったのは! この町から出ていけ‼」


 父親の手に握られていたのは――、手配書だった。

 その瞬間、ラナが青ざめて僕の頬をはたいた。


「ずっと――騙していたのですか……⁉」

「ちょ、ちょっと待っ……」


 そこでラナが四つん這いになって母親の元にすり寄る。

 そして母親の胸の中でうわあああと大泣き。


 そんなに、俺の存在は忌まわしきものなのか――、と再認識し俺は窓ガラスを割って天井に回った。

 そんな去り際に、出ていけ‼ という声が無情にも響いた。


 ◇

 

「お前が、魔王か」


 そう、静かに呟いた。

 相手からの返答はない。

 顔は闇に覆われており、認識できない。

 だが、少なくともこいつさえ倒せば何かしらの信用は得られるだろう。


「悪いが――、死んでもらう」

「――おっと、その前に、昔話をしようじゃないか」

「昔話?」


 そう言って魔王が切り出したのは、最悪の文だった。

 僕の腹の底から憎悪が巻き上げ目の前の生命を今すぐ滅ぼせ――と剣がカチカチと音を鳴らす。


「俺はお前の底に眠っていた悪の感情を呼び起こしたんだ。つまり、今お前が勇者として十分な待遇を受けられないのは、俺の策略なんだよ」


 そこまで言って僕は魔王が言っていることを完全に理解した。

 つまり、こいつは僕を貶め、魔族側の勝利を収めるために、僕の悪の心を弄んだということになる。

 それがなければ――、僕は……。


「ああああああああッ‼」

「無駄だァッ‼ 信用度0の勇者など、取るに足らぬわッッ‼」


 僕は今までの苦労を、怒りを、激情を、全てを拳に込め、クリティカルヒットを放つ。

 心地よい快音が何重にも渡って鼓膜を刺激し、大爆発を魔王の各所で起こす。

 その次の瞬間――、魔王は滅びた、霧散した。


 ◇


 僕は、崩壊を始める、魔王城で、ただただ泣いているのみだった。


 ◇


 ただ、魔王を倒したんだ。

 英雄として扱われてもおかしくあるまい。

 いや、むしろすべて魔王の仕業だったのだ。

 皆、分かってくれるはずだ。


 ただ、現実は無残なものだった。

 道行くものが言うには「詐欺」、「冒険者を盾にしたに違いない」、「魔王と取引をしているのでは……?」などだ。


 そんな、歪んだ人格しか、いや、歪んでいるのは、僕、いや、俺だったのかしれない。


 変だな、一年前は踏みとどまれたのに。

 そう思いながら俺は、右手にためた魔力を解き放った。

 凄まじい光熱で顔面が形を保てなくなり、そして全てが焼失した。


「――これで、良かったんだ。……っはっはっはっはっはっはっ‼」


 人々は何が起こったのかにも気づかず、焼失した。

 世界は俺だけを残して虚無で取り巻いた。


 ◇


「どうしたんだよ、レスターのおっさん。どうしたんだよ、母さん、父さん? ローレンスさんにアバンスさんまで。ラナも……」


 皆が、見える。

 皆、優しい笑顔で。

 

「何もかにもあるかよ」


 そこでレスターのおっさんが急に険しい顔になる。

 汚物を見るような。

 他の、皆も。


「お前たちまで……どうしたんだよ?」


 目線の先には俺を指さし舌を見せる城下町の子供たち。


「「「おにいちゃん」」」

「「あなた」」

「「お前」」

「あんた」


「最っ低ね」

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信用度0の勇者VS信用度MAXの勇者 Shimesb @Shimesb

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