信用度0の勇者VS信用度MAXの勇者
Shimesb
信用度MAXの勇者
俺の名はセルス・アレグリア。
自分で言うのも何だけど、アレグルス国民からの指示が固い勇者だ。
アレグルス王国の勇者として生を受けた俺は、ここから冒険の旅に出て闇に染まった世界を救うんだ!
と、いう意気込みでアレグルス王国の王城に来て、王様にこれから謁見する予定なんだ。
すると俺を今まで案内してくれていた身を軽武装で包んだ兵が玉座の間に繋がると思われる大きく立派な扉にコンコンと拳を軽く打ち付ける。
そこに小さく「入れ」という低い声が響く。
それに呼応してか兵が「失礼します」と言って扉開ける。
さして古いわけでもなかろうが、ギィィィと音を立ててゆっくりと扉が開いていく。
そしてまず目に映ったのは赤いカーペットの敷かれた広い部屋。
周りには何人かの軽武装、重武装を身に纏う兵士が佇んでいる。
そのカーペットを目で辿っていくと大きく金色で周りを縁取られた、赤を基調とする豪華なつくりの玉座が目に入る。
そこには何個かの宝石が埋め込まれた王冠を被る国王陛下が腰を下ろしている。
俺は左膝をカーペットにつき、右肘を右膝に乗せ、首を垂れる。
「お久しゅうございます、国王陛下。召集の例を受け、勇者セルス、参りました」
「よい、顔を上げよ」
その声に俺は首を正常な位置へと戻し、国王を見据える。
そこに国王から右側に位置する場所を防衛している二人組の兵士がボソッと小声で話をしているのが分かった。
俺は昔から耳がいいので、遠くにいても声が聞こえるのだ。
他の者は聞こえていないようだが俺には届く。
「やっぱり勇者様は素晴らしいな。あれは国民から支持を受けて当然だ。国王様の前でのあの立ち振る舞い、それでいて国民を勇気づけることもできる。この国の希望だよ!」
「そうだな、勇者様ならきっと憎き魔王を討伐してくださることだろう」
そんな二人に気づいたのか重武装の兵が二人に「私語を慎め」と叱っているのも聞き取れた。
二人が俺を褒めてくれていること自体には少し喜んでいるがこの場で適切な行動とは思えない。
二人にはあの重装兵が厳しく指導することを俺は願うしかない、か。
「どうした、セルスよ」
「いえ、何でもありません」
さすがに入れ込み過ぎたか、と自省し再び国王に向き直る。
国王はインナーに羽織るようにしてファーで縁取られた赤いマントを着ている。
腕を玉座の肘掛けにどっしりと構えている様はまさしく王そのもの。
濃い髭と眉毛がよく目立つ、言っては何だが、親しみやすいような顔だ。
「うむ、では続けるぞ。お主は我が国アレグルスに生を受けた世界に現れた
「存じ上げております。国王陛下……。して、私はこれから旅に出掛けますがよろしいでしょうか」
「もちろんじゃ。この国が
そんな期待の見送りに俺は鋭く「はっ」と答えて一礼、扉に向かって歩き出した。
俺は、勇者だ。
これから、世界を救う。
そういった決意を胸に、王城を後にした。
王城を出てすぐから城下町が見渡せる。
長い階段の下には俺の住み慣れたアレグルス王国があるんだ。
「旅立ちは今日。俺はそう決めてたんだ。父さん、母さん……。必ず魔王を倒して、戻って来るから――。――はは。一人で何言ってんだか」
そう言って俺は長い長い階段の一歩目を刻んだ。
階段を降り終えると、すぐに子供たちが「セルス! どうだった⁉」と言って飛びついてきた。
男の子が4人、女の子が3人、俺はしっかりと受け止めて下に下ろす。
「大丈夫だったよ、今日、旅立つことにする」
それには反応は様々。
複雑な表情を浮かべる子や、「おめでとう!」と祝福してくれる子、中には涙を浮かべる子さえいた。
そこに遅れて大人たちが歓迎しに来る。
「おうセルス。朝から子供泣かせてんのか?」
「ちげーよ。聞いてたんだったらわかるだろ」
「はっはっは。心配せんでもこの国の民はみんなお前を信用してる。みんなセルスが魔王を倒してくれるって信じてる。胸張って、行ってきなや」
そう言って武器屋を営むレスターのおっさんに背中を軽く叩かれる。
俺は泣いてしまった子や複雑な表情を浮かべた子、祝福してくれた子をまとめて抱き抱えて「大丈夫だ」と呟く。
「――そう、だよね。セルスは強いもん……」
「うん、セルス兄ちゃんは滅茶苦茶強い!」
「魔王なんかに負けるわけないよ!」
「「「でも……絶対生きて帰ってきてよ‼」」」
子供たちが俺の腕の中で順々に俺を褒めていき、そして見送りの言葉をかけてくれる。
「おう! 必ず生きて帰ってきてお前らの相手をしてやろう! 約束だ!」
「「「うん!」」」
「いやー、昔はあんなに馬鹿だったセルスが今は勇者とはねぇ」
「ねぇ」
野菜をいっぱいに詰め込んだローレンスさんとアバンスさんが俺に気づいて「馬鹿」などと言ってのけた。
「何だよローレンスさん、アバンスさん。野菜でも盗ったのか?」
「ちゃんと買ったわい!」
軽めのダブルチョップを俺は
◇
「よし、セルス、これを授けよう、俺がここ一カ月鍛えに鍛え続け作り出した最高傑作だ! うーん……、名付けて、『
そう言ってレスターのおっさんは見事な剣を差し出してくる。
その左右はコンマ一ミリのレベルで左右対称。
鍔が黄金の竜を
ブレードの美しさは秀逸で、俺の顔をよく写している。
俺の姿は全身を覆うプレートアーマーに青のマフラー。
青の長めの腰巻を装備している。
腰巻は茶色のベルトで止められておりベルトにはちょっとしたポーチもある。
容姿面だが、碧眼の放つ眼光は我ながら優しさを感じさせ、人格の良さがうかがえる。
高い鼻ではあるものの、少し子供っぽさを感じさせる童顔は俺のイメージと少し違って、中性的に感じさせている。
小柄かつ顔が少し丸みを帯びているので全体の印象としては少年と少女を掛け合わせて青年要素を少し足したようなイメージだ。
白髪で、長くも短くもない中間的な髪のてっぺんにはアホ毛が立っている。
そんな俺の容姿を細かく映すほど磨かれた鍛鉄の剣を俺は今一度よく眺めてレスターのおっさんに礼を言う。
「なんだ。礼なんていらんぞ。幼い頃から自分の子供みたいに面倒を見てやった子が今じゃこんなに立派になって勇者としての責務を全うせんと冒険の旅に出掛けようとしてるんだ。このくらい当然だろう」
そう言ってレスターのおっさんはギシシと笑う。
俺は今一度礼を言って剣を肩の鞘に納めた。
カチンという音を立てて剣は鞘にぴったりと収まった。
さすがはレスターのおっさんだ。
驚くほど精密に計算されている。
「ほれ、そろそろアンナさんのところに行ってあげな。こんなおっさんに構ってないで」
「おっさんとはなんだローレンス。あとでかまどにぶち込んでやろうか」
「その前にアンタの両腕を切り飛ばすから安心しなさい」
ローレンスさんの最後の言葉にびくびくと震えだしたレスターのおっさんは青ざめて「じゃあ」と言い残し自分の家へと戻っていった。
可哀そうに。
この後家で飯抜きにでもされるんだろうか。
まさか本当に腕を切り飛ばすことはあるまい。
「ほら、早くお母さんのところに行ってあげな」
俺はローレンスさんに押し出されるような形で自分の実家へと向かって行くのであった。
中世ヨーロッパ風の一軒家を何軒か通り過ぎて左折、そのまままっすぐ行くと実家、アレグリア家だ。
アレグリア家は俺と母さんと父さんの三人家族だが勇者の家だということもあり一等地に建っている。
「帰ったよー」といつも通りの掛け声を上げて少し待つも、扉の向こうからの反応はない。
「父さん? 母さん?」
俺は少し疑問に思って名前を呼ぼうとするがそこで考えを止める。
普通、勇者となった息子が国王様からの伝達を受けて向かったところで家を不在にするか?
そう考えると城下町入り口辺りで待っているのが妥当か。
本日の城下町は屋台なども出店はしているものの店員はいないし走っていても誰とも会わない。
恐らくみんな、城下町入り口門前で見送りの為スタンバイしてくれているのだろう。
俺はそう考えてから入り口門へと走り出した。
本来ならば王城から階段を下りてそのまま直進すれば入り口前大広間だ。
けれど今は実家に寄り道をしてしまったので曲がっていくしかない。
幼い頃から過ごし慣れたこの町の複雑な構造は一通り頭に入っている。
俺はそのまま一気に入り口前広間へと走り出す。
「フンッ!」
深く踏み込み、左足に力を溜めて一気に解放させる。
それによって爆発的パワーを持った状態での走行が可能であり、ものの二十秒程度で広い城下町入り口近くへとこれた。
入り口前広場からは人々の声が絶えなく続き、俺の登場を今か今かと待っているようだった。
俺はサプライズ登場も良いなと考えたが普通に登場した方が彼らには受けるだろう、と考えて一軒飛び越えて奥の大きな家の屋根に飛び移る。
そこから飛び降りて、落下ダメージを最小に抑えるため、床に剣技をぶつける。
「『
その時、剣から眩い光が発せられ飛び降りた際の衝撃を僅かながら弱める。
だが本命はそっちじゃない。
その光に気づいた人々がこちらを向き、俺に気づいたのだ。
その瞬間、歓声が巻き起こり、俺を祝福してくれる声が次々に上がっていく。
その中心には俺の母さん、アンナ・アレグリアと俺の父さん、サンテ・アレグリアが佇んでいる。
「父さん、母さん、わざわざ見送りにまで来なくてもいいのに。すぐ、戻って来るからさ」
「何を言っている。父としては子供の大一番だ。見届けないわけがないだろう!」
「そうよ。母さんだって……、あなたのことが心配じゃないことはないわ。あなたをできることなら旅に出させたくない。この町で、平穏に暮らしてほしかったわ」
そう言って母さんは涙を流す。
そんな状況で周りの町民は押し黙る。
この家族の行く末を見守ろうと。
「でも、あなたは世界を救う命運を背負った勇者……。絶対、生きて帰ってきてね‼」
俺はそんな母の言葉に、短く「うん」とだけ答えた。
たちまち歓声が巻き起こり俺の旅立ちを祝福する声で広場が埋め尽くされる。
「セルス、生きて帰ってきてね」
「セルス、魔王の討伐を頼んだぞ!」
「頑張ってね、セルス!」
そう言った声が何重にも重なり聞き取れたのは僅か二十程度だったものの、俺はそう言った思いを全て胸に宿し決意した。
広場の開いた道を一歩一歩踏みしめ、大地へと、踏み出した。
「うーん、まずはモンスターを倒して戦闘に慣れておいた方がいいよな」
そう言って風吹き荒れる草原の草の根をかき分ける。
山、森、川などが見渡す限りに広がっている。
そんな世界に少し感動していたところで、後方からぽよんっと衝撃が走る。
「――ッッ⁉」
慌てて振り向くとそこには愛嬌のある顔立ちのモンスター、スライムがいた。
スライム。
魔物の一種で最弱の魔物だ。
攻撃方法はその楕円形の柔らかい体による体当たり。
ただほとんどダメージは喰らわないので危険性はほとんどない。
だが愛嬌のある可愛らしい顔が一部女性ファンを作っているのだとか。
粘液もそこまで滴り落ちていないため不潔感もそこまでは感じない。
「セアアッ!」
すぐさま肩の剣を抜き気合と共に一閃。
剣は円弧を描いてスライムの頭部に直撃。
「ピキーーッ!」
と、断末魔を上げ黒い霧へと霧散したちまち姿を消したスライム。
これが、討伐を完了させたという目印になる。
そしてそこにはボトッと粘液を伴う粘土のようなものが落ちる。
これがスライムの討伐証明部位。
討伐証明部位とは冒険者などがモンスターを討伐した際にこの部位を持ってギルドカウンターへ行けば金が入るという仕組みを担う冒険者の宝石だ。
まぁ、スライム程度の討伐証明部位など一食分も
すると、俺の身体が青く光り、身体中から力が湧き上がってくる。
それどころか、身体が先ほどまでより軽い。
これが、モンスターを倒したことによって得られる正体不明の肉体のパワーアップか。
と、考えているとスライムの群れに囲まれてしまった。
だが所詮はスライム。
恐れるに足らない。
「『
口を開かずに心の中でそう念じると身体が勝手に動くように自然に剣が降られる。
たちまち四体余りのスライムを一掃。
再び、あの青い光と共に高揚感を得る。
「なるほど、かなり戦闘にも慣れてきた。この調子で次の町まで頑張るぞ!」
そう言って俺は駆け出した。
◇
「――大丈夫か⁉ 今助けるっ‼」
抜剣し、すぐさま構えを取る。
そしてすぐさま正中線に構えた剣をまっすぐに振り下ろす。
それに「グギャアッ」と悲鳴を上げる高位階モンスター、レアウルフ。
金色の装備を着飾った狼はその鋭い爪で切り裂き攻撃を放つという魔物だ。
「だ、大丈夫ですぅっ! わ、私もお役に立てることはありませんかぁっ?」
俺はレアウルフの爪を剣で防ぎながら彼女の声に叫ぶ。
「援護してくれ。見たところ魔法使いだな? 何でもいい! 奴の注意を引いてくれっ!」
「は、はいぃぃっ! 『
何の呪文を詠唱したかは彼女自身にしかわからないが、その次の瞬間には彼女の両手でぎっちりと握られた杖の先から特大の火球が飛び出す。
それがレアウルフへと迫り、俺は回避したものの、当たっていれば一たまりもなかっただろう。
ボオオと音を立てて狼を燃やし尽くす極大の火球。
それがレアウルフを焼失させた――と思わせたが、煙の中から一匹の狼が魔法使いへと迫る。
「――ッ!」
声にならない気合と共に逆手に持った『
その剣が見事走行中のレアウルフの心臓を一突きにし、空気へと還す。
その直後に俺と魔法使いの身体が鈍く光り、身体が高揚感に包まれる。
それを気にも留めずに、魔法使いの少女かこちらへと駆け寄ってくる。
「あ、あの! 助けて下さりありがとうございましたぁっっ!」
深々と頭を下げてお礼の言葉を述べる魔法使い。
彼女は碧眼の顔立ちの整った美少女。
年齢は、俺と同じくらいだろう。
すこしおっとりとした雰囲気の彼女は、つばが非常に長い黒に白い帯が巻き付いている帽子。
シャツにスカート、前が総開きのブレザーを羽織った女子高生のよな服装。
「わ、私、ラナ・スペンドラヴっていいますぅっ!」
◇
「はぁはぁ、あ、あそこだ! ラナ、行くぞ!」
「ちょ、私、もう……」
魔物に襲われている人を見つけ、俺とラナ・スペンドラヴは走る。
草原を颯爽と駆け抜け―たいが、ラナと一緒に走っている為自然と走行スピードを置染めなければならない。
そのせいで、余計な体力を使わされ、絶賛バテバテ中だ。
「うっ――助けてくれぇっ!」
「まずい! 俺は先に行くから後から援護を頼むぞ! 『
そこから身体が舞い上がるように軽くなり、勝手に抜剣された『
それは最高位階魔物、オーガ・キングの筋肉質な胸に突き刺さる。
「ヌゥ?」
悲鳴を上げることなくこちらをゆっくりと見てくる鬼に属するオーガが王、オーガキング。
「大丈夫ですか⁉」
「ひ、ひぃぃぃッ! そ、その魔物がぁぁっ!」
「分かりました! 今片づけます! 『
すると眩い光を伴った剣が腕から抜け落ちていくようなスピードでオーガキングへと迫る。
それは見事カキィンという音と共にオーガキングの腹に炸裂する。
「グ、オオッ?」
傷口は残ったものの、オーガキングの反応を見るにそこまでダメージは通っていないだろう。
それはこの魔物の筋肉ゆえだろうが。
赤い皮膚で筋肉質、腹部は六つに割れており、筋骨隆々、と言った感想を受ける。
また手首には趣味の悪い、棘の付いたブレスレット。
また肘からは角のようなものが生えており、そこには濃密な魔力が
腰と足首には申し訳程度の黒い布。
金髪碧眼で、人間で言うと三十代程度の年齢に見える。
「グルアーーッ!」
そう言って、オーガキングはその岩のような拳を振り上げ、俺目掛けて振り下ろす。
それを俺は両手でぎっちりと握った『
「く、うぅッ!」
「グラァァァァァッッ」
じわりじわりとオーガキングの攻撃に押されてくるが、ここで押し返そうと力を再度加えようとしたその時――。
左手の拳が俺に向かって振って落とされたのだ。
――まずい。
これが直撃すれば大怪我は免れな――。
「『
そこで、左方面から凄まじい熱風を浴びた。
――そうだ、これは、うちの自慢の、魔法使いだ。
杖から放たれた幾数もの光の弾丸が、オーガキングへと殺到する。
「ヌゥゥ………!」
それがオーガキングの左手に全弾命中し、さすがのこいつも唸り声を上げる。
「へっ……どうだオーガキング。うちの魔法使いは、すげぇだろ?」
オーガキングと競り合いを続けながら煽り文句を謳う。
人間の言葉がわかるわけでもあるまいが、少しオーガキングの力が強まる。
「そんなものかぁッ⁉ 『
そのままの体制で宙返り。
剣を逆さに振りぬき、オーガキングの腕を両断することに成功する。
「畳みかけるぞっ! ラナッ‼」
「は、はいぃぃ! 『
ラナの応答の掛け声とともに俺の身体が羽のように軽くなる。
剣を肩に担ぎ、尚もその走りを止めない。
オーガキングとの距離、あと、二メートル。
一歩に全力を注ぎ踏み込む。
あと五十センチ。
最後の、一歩。
ゼロ、距離。
「らあぁっ‼」
「『
俺の『
そのチャンスを見逃すか、とばかりに知らない剣が風を纏い、オーガキングの額の角を斬り落とす。
「グギャァッッ⁉」
オーガキングの声など、耳に入らなかった。
その剣の秀逸さに見惚れて。
その剣技の、美しさに見惚れて。
「――よっと。悪いな、なんか横取りしたみたいになっちまって。大丈夫ですか?」
俺に不器用だが謝罪の言葉を述べ、腰を抜かしていた一般人に手を差し伸べる。
それにその人は「ありがとうございます」と言って手を取る。
「俺の名はエフライン・フェリノス。あんたが噂の勇者っぽいな」
そう言って剣士は、腰の鞘に剣を納めたのだった。
剣士は赤髪の短髪に碧眼といった特徴を持つ青年。
灰のズボンに半袖のシャツ、その上に着られた小さな黒ローブの上に、さらに赤いマントが被さっている。
細身な第一印象を受けた彼は線が薄く、肌が透き通っている為か同性の俺でも、美しいと思ってしまう程のイケメンだ。
彼の手に先ほどまで握られていた剣は彼のイメージカラーと対極になる青色。
その刀身の滑らかな青色は、一体どれだけの刀匠の苦労があったのかの想像がつかないほど美しい。
「はぁっはぁっ。ちょっとセルスさん、気遣ってくださいよぉっ はぁっ――て、誰ですかこの中二みたいなファッションセンスしてる人は!」
「戦闘にファッションセンスなど不要だ」
「全くその通りだ」
男二人の意見は合致した。
◇
暗い瘴気を纏う魔城。
シュゴォォォと冷たい風が吹き荒れ、髪を巻き荒らす。
周囲に魔物は存在しない、それだけ重圧を与えている魔城だ。
「ついに来たな……魔王城」
「あぁ……魔王を倒したら、城から凄い報酬が出るかも知んねぇぞ?」
「き、緊張してきましたぁ……」
俺は自然と剣を抜き取り、城の最上階を剣で指していた。
今から、魔王との決戦が始まるんだ。
ここで勝って、あの馬鹿どもと、勝利の祝杯を交わすと決めたあの日から――揺らいだことはない。
魔王、お前は必ず、俺が滅ぼす。
世界を恐怖に陥れたお前を、俺は絶対に許さない。
そういった決意を胸にして、俺は扉をゆっくりと押し出した。
中は薄がりで、モンスターなんかも目の避けばがないほどいる。
「うーん、これ全部倒す必要があるのか?」
「いや、大丈夫だと思う。魔王さえ倒せば弱い雑魚的はほとんど死滅するらしいしね」
「ど、同意見ですぅ。け、けど! なるべくここで身体は慣らしておいた方が……」
うん、ラナもだいぶ自己表現ができてきたな、としみじみ思う。
魔王城で思うのは少しおかしいかもしれないが。
俺は早速ローティングコープスと呼ばれるアンデッド魔物に斬りかかる。
ローティングコープスは右目が垂れ出ており、今にも取れそうな何ともグロテスクな見た目をしている。
また汚いものの、一応服を着ている珍しい魔物である。
猫背で、比較的人間的な見た目をしているのもより不快感を煽る。
一説によると、成仏できずにこの世を
なぜそんなところまで胸糞の悪さを貫いているのか。
ちなみに討伐した後に甲高い高音を
◇
「いよいよだな……」
「ああ、これから、誰が死ぬかもわからない接戦になるかもしれない」
「気を引き締めていきましょうっ!」
俺がいいことを言おうとしていたのにラナによって強引に押し切られ、再び大きな扉を開けたのだった。
中は広く、まるで戦闘を想定して作られたような作りだった。
王城と同じように赤いカーペットが扉から続き、その奥には玉座がある。
そこに座っているのは――。
「よく来たな、勇者とその一行よ。歓迎したいところだが、残された時間がもう少ないのでね、始めさせてもらうよ」
そう言って、魔王が腕を振り上げる。
魔王、その姿は悪魔のようで、魔の王そのものにも思えた。
額から突き出ている四本の角。
側頭部の左右に突き出る、凄まじい太さの水色の角。
筋肉質で、その身体は黒く染め上げられている。
胸当てを付け、軽い腰巻を付けているその姿は、いつの日かのオーガキングと似ているところがあるが、そのオーラはまるで違う。
背中には黒、紫の四対の羽。
そして、何と言ってもその振り上げられた右手に集中する魔力量。
今までのモンスターとは比較にならない、魔力の総量。
そして、魔王は右手を静かに下ろした。
「――ッ‼ 来るぞ!」
仲間に忠告する前に、もう二人は横に避難していた。
俺はそれを正面から受け止めるべく不動を貫く。
「魔王、今から貴様を討つのは、セルス・アレグリア。町からの信頼が厚い、有望な青年だッッ‼
極大の魔力と、人類最高の威力を誇る剣。
その二つがぶつかり合い、魔王城が大きく揺れる。
「ほう、あれを受け止める《・・・・・》とはな。面白い‼ 少し遊んでやろう‼」
そして、双極の二人が走り出す。
右にエフライン、左にラナ、中央に信用度MAXの勇者という構図だ。
「『
「『光の
光の魔法斬撃と、水の究極斬撃が魔王に降り注ぐ。
も、それを右手と左手を振り下ろしてバリアーを展開し防ぎきる。
だが、フェーズ2がまだあるに決まっているだろう。
「ハァッ!」
俺が魔王に向かって走り出すと、魔王はにやりと笑って魔法陣を展開する。
「見せてやろう我が最高の呪文を‼ 『
すると、直後極大魔法、『
全方向に超高威力の斬撃が殺到する、即死レベルの魔法だ。
「しゃらくさいッ!」
「『
エフラインは魔法を斬撃で黒霧と化させラナは自分の周りに展開したバリアーで自分の身を防ぐ。
も、エフラインは上半身を三割抉られ、ラナは防護壁で守り切れずに途中でもろに斬撃を喰らう。
安否は不明だが、今は走り続けるしかない。
次いで俺にも防護壁が展開され、魔法をいとも簡単に回避する。
そして決着をつけるべく大きく飛び上がる。
「わざわざ空中に飛んで標的になるとは……愚か。『
まずい。
魔王が何かを詠唱した。
駄目だ、何か考えろ。
しくじ――。
「まだ諦めないでください‼ 私が、ゴホッ、守りますからッッ‼」
俺は心の中で短く「了解」と伝えた。
「うおおおおッ‼」
「『防壁Ⅲ《シールド・バリア・サード》』ッッ‼」
その瞬間、ラナの杖が弾け飛んだのが見えた。
同時に彼女の杖を握っていた両手を犠牲にして。
やがて、俺の周りに緑色の防壁が展開され、魔王の魔法を無効化する。
「らああっ!」
そして全てに決着をつけるべく剣を、振り下ろす。
静かに、それでいて荒々しく。
だが、魔王の身体に触れた瞬間に剣が弾き飛び、右目に刺さる。
「なッッ⁉」
「残念だったな、貴様の、負けだ‼」
そう言って魔王は俺を腕で掴み、左手に魔力を溜め始める。
確実に俺を仕留めるために。
「その絶望に歪んだ顔‼ 実に素晴らしいッ‼ その顔のまま、無様に死ねぇっ‼」
「引っ掛かったな」
「は?」
その次の瞬間、俺を暖かな光が包み込み、力を与えてくれる。
「―――――――安心しろ。痛みはない。すぐに死ぬッ‼」
そう言って俺は、静かに、魔王の顔面に右足の蹴りを入れたのだった。
◇
「勇者セルスとその一行よ、そなたらを、魔王討伐を果たした誠の勇者として、ここに認める‼ おめでとう」
「「「ありがとうございます」」」
そう言ってぼろぼろの俺たちは何とか王様から賞状を貰った。
「今夜はパーティなんだってな」
「らしいな。ま、そりゃ魔王がいなくなったらパーティも開くさ。――どうしたんだ? ラナ」
「――何だか実感が湧かなくて………」
そう言ってラナは自分の潰れた両手を見つめる。
自分に見合わない魔力を使った影響か黒く変色してしまったラナの腕は、見るも痛々しい。
「いつまでそんなことを気にしてるんだ。終わったよ、何もかも。なんてったって、こんな傷だらけで帰ってきても、祝福してくれる人々がいるんだから」
そうだ、これが、信用度MAXの、勇者の物語。
ただその背景で大きな出来事がいくつも動いていたこと、もう一つの世界線があること、それはまだ、誰も知る由もなかった。
なぜなら彼らが救った世界は、とても広いのだから
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