第2話 下手くそ

 あのきっかけから早数ヶ月が経ち、僕は高校二年生に進級した。

 

 音楽制作は趣味の一つとして続けている。

 

 家族には話していないけれど、自分で作ったオリジナル曲を動画サイトにいくつか投稿し、着々と技術の上達に励んでいた。

 

 友達には隠していたつもりだったのだが、僕は嘘を隠すのが下手だったせいで何人かには趣味で作曲していることがバレてしまっていた。

 

 「文化祭でバンド組まない?」と友人達が話しているのを聞いて「それなら僕の作った曲歌おうよ」とつい口走っていたのだ。何やってんだか。

 

 しかし技術が上達しているとは言っても、まだ卵から雛鳥ひなどりが生まれた程度の進歩でしかない。

 ギターは初歩のFコードで手詰まりだし、歌唱力はお世辞にもいいものとは言えなかった。

 

 例えるなら、風船が連続で割れていくような音がしている感じ。

 

 自分で言っていてどんな音だよと突っ込みたくなるが、実際後で聴いてみるとそんな声に聞こえるのだ。

 

「……今回も三桁止まりかな」

 

 そんな中、僕は自分のチャンネルにアップロードした動画を見ながら、静かに嘆息していた。

 

 かれこれ十本以上投稿しているのだが、動画の再生数は三桁を超える気配はなかった。

 

 最初は増えていく数字にあれだけ喜んでいたのに、今となっては伸び悩む再生数に少しだけ不満を感じるようになってしまっている。


 動画のコメント欄を確認すると、数は少ないがちらほらと感想が送られてきていた。

 「僕は結構上手いと思う」とか「才能の原石の欠片をすり潰した感じの曲」などといったコメントが数件。なんだろうね。すり潰した感じの曲って。

 

 僕としては、否定的な意見でもいいから曲や演奏への言及が欲しかった。「ここがイマイチ」とか「イントロがダサい」とかそういった改善の余地があるような指摘があれば、次回以降の作曲に多少なり活かすことが出来るからだ。

 

 しかしながら、動画サイトを使用している大半の視聴者が求めているのは、僕の作っているような成長過程の曲ではなく、完成された曲だ。


 有名なシンガーやボーカル、アイドルなどは、新曲を出すだけで彼らのファンが飛びついてくる。

 

 しかし、素人に毛が生えただけの僕のような存在を好んで観てくれるのは、余程暇を持て余した物好きぐらいだろう。

 

 薄暗い部屋でパソコンを睨みつけながら、シャーペンで空白のノートを叩く。アイデアを書き出そうとしても、中々思いつかない。

 

 流行の曲をカバーすれば再生数は伸びるだろうか。いや、きっと二番煎じだと言われるだけだ。

 もしかすると百番煎じかもしれない。

 

 それからしばらくして、素人が考えていても仕方がないなという結論に至った。モヤモヤとしたやるせない気持ちを抱えながらスマホを起動する。

 

 指摘がなければ、自分で短所を見つけ、補っていくしかない。

 

 そう考えながらひとまず、歌が上達するコツについて軽く調べてみることにした。

 

 それからしばらく、いくつかのサイトを転々とした。重要だと思う所を切り取り、ペンを走らせていく。

 

 検索して出てきた内容は、殆どが既に実践済みのことばかりだった。

 姿勢や腹式呼吸、自分の音声の録音と確認、アクセントの意識など、この数ヶ月間、歌の上達のために心がけてきたことがつらつらと書き綴られている。

 

 努力をせずに結果を出したいとまでは言わない。けれど、前進する糸口の欠片さえ手元にないのは、さすがに少しだけ気力を失ってしまう。

 

 結局大した成果は得られず、僕は再び嘆息した。

 

 楽しい、けれど決定的に足りない何かがあるのは分かっている。でも、それが多すぎるうえに一つ一つが曖昧な幻影と思えるぐらいに実体が見えないのだ。

 

 空白だらけのノートを閉じ、棚にしまう。

 

 そんなとき、スマホから着信音が鳴った。

 

 僕がヒットチャートで聴いてそのまま衝動買いした曲が静かな部屋を満たしていく。

 何度聴いても、その軽快でポップな音楽は僕の乾ききった心をうるおしてくれる。

  

 画面を見ると、『吉沢』と言う文字と共にシマエナガの可愛らしいアイコンが表示される。いいよねシマエナガ。癒される。

 

 そんなくだらないことを考えながら僕はスマホを手に取り、友人からの着信に応じた。

 

「なぁ音村、今暇か?」

 

 吉澤遥斗(よしざわはると)の無駄に爽やかな声が、画面の向こう側から聞こえてくる。

 

「暇だけど……」

 

 実際、これからの予定は特に決めていなかった。僕は部活には入っていないので、土日は基本的に暇なのだ。

 

「だろうと思った」

「暇そうで悪かったね……」

 

 あっさりと肯定されてしまったので、少し腹が立った。暇なのは事実なんだけどね。

 

「そんでよ、今部活終わったんだけど午後練は顧問の都合で休みになったんだよ」

「そうなのか」

「あぁ。それで午後の予定決めてなくてさ、暇になっちまったのよ」

「だから暇そうな僕と遊ぼうと?」

「話が早くて助かりますぜ兄貴」

「兄貴って呼ぶな」


 遥斗と知り合ってから、何故か僕は兄貴と呼ばれている。

 同級生なのにどうしてだろうと常々思っているのだけれど、本人曰く「帰宅部のクセに無駄に身長高くてガタイがいいから」という理由らしい。いっちょんわからん。

 

「でもどこに行くとか決めてるの?」

「そりゃ誘う側だしな。もちろん考えてますぜ兄貴」

「だから兄貴って呼ぶな。……それで、どこに行くつもり?」

 

 遥斗と外出するという提案には概(おおむ)ね賛成だった。

 今から曲を作るにしてはアイデアが皆無だし、かと言って今から考えるほど気力はない。

 

 時刻はまだ正午を過ぎたばかりだし、十分に遊ぶ時間はある。

 

 勉強は……明日の僕にお願いしよう。

 

「それなんだけど、カラオケとかどうよ」

「カラオケ?」

「あぁ。この前学校の近くに新しいのができたらしくてさ、気になってたんだ」

 

 ……カラオケ。

 

 そこなら、伸び悩んでいる歌の練習が、そこなら出来るのではないだろうか。

 僕の歌声の点数化もしてくれるだろうし、きっと上達する大きな足がかりに────。

 

「おーい音村。聞いてるか?」

「……あぁ、ごめん。考え事してた」

「どうせお前のことだから、『自分の作曲に使えるかもー』とかだろ?」

 

 図星を突かれてしまい、僕は押し黙ってしまった。

 

「相変わらず音楽バカだなぁ兄貴は」

「うるせぇ。あと兄貴って呼ぶな」

「すまんすまん。それで、来れるか?」

 

 僕は現在、自分の作った曲が伸び悩んでいる。それは紛れもない事実だ。

 趣味だから別にいいやと自分を慰めてはいるものの、内心は結構悔しい思いがあった。

 

 自分の声や演奏を評価して欲しくても、そもそも観てくれる人がいない。

 理由は簡単だ。そもそも僕の演奏が褒める所がないぐらいに散々だったり、流行に乗れていない曲調だったり。

 考えてみれば、課題は山のようにある。

 

 そうだと分かっていても、解決する手立て

 が分からないのだ。 

  

 遥斗の誘いは、それを一つでも克服するチャンスなのではないだろうか。

 

 ならば、断る理由はない。

 

「もちろん行くよ」

「おっけー。俺一旦帰ってから準備してくるから、一時半に学校の正門に集合な」

「わかった」

「おう。んじゃまた後でな」

 

 遥斗との通話が終わり、僕はスマホを机にそっと置いた。

 

 楽しみと思わざるを得なかった。

 

 遥斗は僕が趣味で作曲をしていることを知っている、良き理解者でもある。

 なので、もしかしたら意外なヒントをくれるかもしれないと考えていた。

 

 初めて音楽を作りたいと思ったときと同じように、僕の中で様々な感情が、じわじわとたがぶっていった。


 ─────。


 どうも、室園ともえと申します。


 今回も読んでくださって本当にありがとうございます。

 お楽しみいただけたでしょうか。


 宜しければ、改善点や感想など、ぜひ気軽にお願いします。

 自分は音楽にそこまで詳しい、という訳では無いので、どこかでボロが出てしまっているかもしれませんが、そこについてもご指摘していただけると嬉しいです。

 

 フォローや星評価もお待ちしております。

 

 これからは毎週土曜日に投稿していく予定なので、来週もぜひここに足を運んでくださると幸いです。

 

 それでは、また。

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