第1話 一瞬を、全力で


 人生を変える転機は大抵、突然訪れるものだ。


 それは偶然だったり、必然だったり。時には神様とやらのイタズラによって引き起こされる。


 僕の場合、そのきっかけは音楽だった。


 昔から、音楽ゲームや洋楽鑑賞をするのが趣味だった。

 暇さえあればスマホとイヤホンを取って、ヒットチャートに並ぶ流行の曲や好きなボカロPを調べるくらい、僕の一日の大半は音楽によって消費されていた。


 エレクトロニカやGファング、スピードコアなどジャンルを特に定めることはしなかった。特に好き嫌いはない。

 どの音楽も聴いていて心地よいし、時間が過ぎるのを忘れて没頭できるからだ。

 

 作曲者の多種多様な感情が込められ、歌としてつづられる。

 

 同じ言葉でも、強弱やテンポの違いでその形をコロコロと変貌させる。

 音楽というのはそうして、いつも僕の期待や予想を遥かに超えてしまうのだ。 


 「この人はロックな曲調が得意なんだな」と思っていたら、ある日急にオペラチックな曲を生み出して、しかもそれが多くの人の称賛の嵐を巻き起こす曲だったりする。

 

 聴けば聴く度に新たな発見が増え、それは絶えることを知らない。それが、僕の音楽に対する探究心を加速させていく。

 

 音楽に熱中している時は、嫌なことも何もかも忘れて、一切の邪念がない、本当の自分でいられるような気がした。

 

 そんな音楽を僕は心から好きになった。


 でも、僕を含め人間というのは贅沢な生き物らしい。ある日から少しずつ、僕はこの日々に僅かな空白感を感じるようになっていってしまった。


 別に、音楽のことを嫌いになったとか、聴くことに退屈してきたというわけではない。

 

 ただ、音楽を聴く度に心のどこかで物足りなさのような感情が少しずつ蓄積されていってしまい、それが今になって溢れてきただけのことだった。

 

「だはあぁぁ……」

 

 音楽アプリのシークバーが最後まで赤く染まり、イヤホンからの音が消えた。気づけば、もう時刻は午後の十二時を迎えようとしている。

 

 我ながらなんとも情けない声を漏らしながら、僕は机に突っ伏した。充電が切れた自動掃除機のように頭がまるで働いてくれないのだ。

 同時に胸の中が、まるで霞(かすみ)を必死に掴もうとしているような虚無感に襲われる。

 

 音楽を聴いていても、いつものように感情が湧いてこない。確かに心地よいのだけれど、その先が見えない。情景が浮かんでこない。


 しかし、その物足りなさを埋める何かを僕はすぐには思いつかなかった。



 ─────。

 

 

 その翌日の日曜日、珍しく朝早くに目が覚めた。

 

 焦点の定まらないぼやけた視界の中、いつものように手探りでスマホを見つけて、電源をつける。


 すると、僕のやっていた音楽ゲームの新曲の難易度がえげつないというコメントをSNSのつぶやきを見かけた。

 それは興味を惹かれ、僕は気になって調べてみることにした。


 しかしまだ早朝だったこともあり、まだ攻略記事は作られていなかった。どうやら深夜にひっそりと追加された隠し曲らしい。

 まぁそれなら仕方ないかと思いつつ既にプレイしていた他の人のつぶやきを確認する。


 次々に投稿されるつぶやきを見ていくと「難しかった」「鬼すぎ」「アーケードに帰れ」などといったユーザーの投稿が見受けられた。どうやら相当難しいらしい。覚悟して挑まねば。


 そんな中、画面に一つの広告バナーが流れてきた。

 

 どうせまた興味もない商品の宣伝だろう。ここは気にせずにスルーに限る、と画面をスワイプする。

 

 しかし何度繰り返しても画面は動かなかった。

 最近は無理矢理にでも広告を見させるのだろうか。いくら客引きや利益の為とはいえ、こちらとしては迷惑極まりない。

 

 この際、三十秒ぐらいなら別にいいかと思い、画面を眺めることにした。

 

 

 ──それは偶然だったのだろうか。

 

 

 そこにはシンプルに陽気なフォントでシンプルに一言、こう書かれていた。



『音楽で、誰かの心を紡いでみませんか?』



 一瞬、頭の中が真っ白になった。まるでその文字が自分の中に飛び込んできたかのように、僕は画面に吸い寄せられた。


 息を詰まらせながらその広告を眺める。


 シックな音楽と共に15秒ほど広告の映像が流れていく。

 

 最初の一言が頭から離れず、内容は理解出来なかった。確か新作音楽アプリの宣伝だったということだけ、なんとなく把握する。

 

 その後、その画面は別の広告に切り替わってしまった。特に興味もないソーシャルゲームの戦闘シーンが流れ始める。なんというか、キャラクターの可愛さだけが無駄に目立っていた。


 僕はしばらく放心状態になりながら、ふと天井を見上げた。別に何かがあるわけではないのだが、他に何も考えられなかった。

 

「紡ぐ……音楽で……心を……」

 

 頭に飛び込んできた文字を反芻(はんすう)しながら金魚のように口をパクパクさせることしか出来なかった。僕はそっとスマホの電源を落とす。


 そして無意識に僕は机へ向かい、パソコンを起動する。起動するまでの時間、体がソワソワとして落ち着けなかった。

 

 三分ぐらい待つと、ようやくパソコンが立ち上がった。


「そうだ……これだ」


 自然と胸の中は高揚感で満たされていた。じわじわと身体中の血液が熱を帯び、全身を駆け巡っていく。


 今までにも似たような出来事はあった。


 例えば、新しくお気に入りの曲を見つけたときや、隠れた名曲に出会えたときだ。

 そういった時に、言葉に表しがたい高揚感や達成感が身体を包み込んでいた。

 

 しかし、今回はそれらの比じゃないぐらいに身体中がうずいていた。

 

 心臓の鼓動が桁違いに速かった。額にじんわりと汗がにじんでくるのが分かる。


 その勢いに身を任せ、思いついた単語をそのまま検索した。


『感動する歌 作り方 初心者』

『人に想いを伝える言葉 具体例』


 今思えば、もう少し適切な言葉を思いつかないのかと複雑な気持ちになる。だがその時は、それ以外のことを考えるほど冷静ではいられなかった。

 

 震える手つきでマウスを動かし、ヒットしたサイトを一番上から閲覧していく。

 

 検索する単語を変えては手元にあったノートに詳細を記録し、音楽を作るまでに必要な過程や機材を書き込んでいった。

 一文字書く度に、ノートの空白が少なくなる度に鼓動はますます速くなっていく。


 自分の心に感じていた物足りなさの正体は、これだったのかもしれない。


 今まで、僕は誰かの作った曲を聴いて歓喜したり、感動したりしてきた。

 だからこそ、自分も音楽を作りたい。そして、他の人の心を揺さぶるような歌を歌いたいと心のどこかで考えていたのかもしれない。


 幸いなことに今日は日曜日。早起きしたおかげで時間も持て余していた。


「作ってみようか……」


 パジャマから動きやすい部屋着に着替え、顔を洗ってから、滑り込むように自分の部屋へと戻る。


 クローゼットの中からヘッドフォンを取り出してそのままかぶり、少し古びた部屋には場違いなゲーミングチェアに腰掛ける。


 僕は今まで、作曲なんてしたことはなかった。聴くだけで十分満足出来たからだ。

 

 以前に一度だけ学校の情報技術の課題で作曲のようなことをしたが殆ど覚えていない。


 たしか、五線譜に長方形をひたすら打ち込んでいく作業がただただ苦行だったことだけは思い出せる。


 恐らく、作曲というのはそういったことをひたすら繰り返すのだろう。作っては消し、消しては作るの繰り返し。

 そうやって、自分が納得のいく音色を探していく。

 

 そう考えると、ただ黙々とパソコンに向かって作業している自分の姿に、ほんの少しだけ気が遠くなった。


 でもそれ以上に、僕は期待を膨らませていた。


 自分はどんな曲を作れるのだろう、誰も聴いたことの無いものを作りたい、などといった子供のような考えが次々に浮かぶ。いや、高校生だしまだまだ子供なんだけども。


 でも、純粋に僕の音楽を求めてくれる人が増えていく未来を想像するのはどうしようもなく楽しかった。


 考えてみれば、薄暗い部屋で一人他の人の音楽を聴くだけなんてもったいない気がしてきた。

 

 そこらの高校生より人一倍音楽を聴いてるんだから、音楽の才能の片鱗(へんりん)ぐらいはあってもいいはずだ。


 そう自分に言い聞かせ、僕はパソコンのアプリサイトに表示された作曲アプリをダウンロードした。

 

 


 

 

 これが、僕の人生を大きく変えるきっかけになることを、僕はまだ知らない。もちろんそれは、いい意味でも、悪い意味でも、だ。



 ─────。



 初めまして、室園ともえです。


 今回は、自分の作品、「クラムジー・メモリーの響く頃に」を読んでくださって、ありがとうございます。

 今回は唐突に青春バンドものを作りたくなったので、自分の浅い音楽の知識を総動員してこの小説を書くことにしました。


 かれこれ半年程浮上していませんでしたが、これからは定期的(週一、二程度)に投稿していこうと思います。


 よかったら、気軽にフォローや感想、星評価など、お待ちしております。まだまだ文章作法に疎い部分がありますので、ご指摘も遠慮なくお願いします。


 それでは、また。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る