「推し」が「尊すぎる」ので近付けません。

味噌わさび

第1話 観察 

 俺はクラスでは目立たない方だと思う。いや、かなり目立たない……存在感がほぼないと言ってもいいくらいである。


 そんな俺にも趣味がある。それは……人間観察である。特に俺には観察対象にしている人物がいる。


 それは――


「ちょっと! また一人でいますね!」


 そう言って怒ってきたのは……委員長だった。俺は何も言わずに委員長の事を見る。


「駄目ですよ! 皆と触れ合わないと! クラスメイトなんですから!」


 委員長は、そう言って怒っている。これも何度目だろう。といっても、クラスメイトの誰かと会話するのはこの時だけだ。


「……ごめん」


「謝らないで下さい! 私だって誤ってほしくて怒っているわけじゃありませんから!」


 そう言って委員長は去っていってしまった。俺は委員長のことを視線で追う。


 かといって、委員長は俺にだけ構っているわけではない。クラスの中心メンバーにいるし、いつも楽しそうに誰かと喋っている。


 つまり、委員長が俺に話しかけてくるのは、義務感なのだ。俺のことを本気で心配しているのではない。


 そうわかっていても……委員長は俺の「推し」だ。


 整った顔立ちに、キリッとした目つき……恋愛の対象とは微妙に違う気がする。


 俺にとってはあまりにも尊すぎて話すことができないのである。


 話せたとしても先程のように、一言くらい返答することしかできないのだ。


 だが、俺にも委員長とのつながりがある。俺の趣味は人間観察……俺はいつでも委員長を観察しているのだ。


 登校してきてから、授業中も、放課後も、そして下校するとき、そして、家に帰るまで……その日も俺は委員長に気付かれないように後を付いていった。


 委員長は最近、明らかに視線を感じているようで、明らかに警戒している。


 委員長を怯えさせるのは俺の本意ではないが、尊すぎる委員長と俺が触れ合うには、この方法しかないのである。


 そして、その日も委員長を自宅まで見送った。無論、委員長は俺が見送っていることを知らないのだが。


「……それにしても……なんだ?」


 そして、最近俺にも不思議な感覚があった。誰かに見られているような気がするのである。


 もしかして、俺以外に委員長を観察している人間がいるのだろうか。


 俺は……不意に後ろを振り返った。と、何者かが電柱の影に隠れるのが見えた。


 俺はそのまま足速に電柱に近づいていく。


「ひっ……ご、ごめんなさい!」


 と、電柱の影には一人の少女が座り込んでいた。俺と同じ学校の制服である。だが――


「え……君、誰?」


「あ、いえ……私は……名乗るほどのものではないです」


「……もしかして、委員長のことを見てたわけ?」


 俺がそう訊ねると、少女は首を横に振る。


「ち、違います! 私は……アナタのことを……見てました」


「……は? 俺?」


 恥ずかしそうに女の子は俺から視線を反らす。


「えっと……その……私、ずっとアナタのことを見ているんです。学校でも、放課後も……アナタがあの……委員長? ですか? その人のことを見ているのも見てました……」


「え……それって――」


 俺が次の言葉を言おうとする前に、少女は先に言葉を続ける。


「す……ストーカーじゃありません! アナタが尊すぎるんです! 尊すぎて……近づけないんです!」


 少女は目に涙を浮かべながら俺のことを見る。


 正直、この少女が誰なのか、なんで俺のことを観察しているのか……色々気になったが、それよりも先に、彼女の健気な表情を見ていると、俺の中に一つの感情が芽生えた。


「と……尊すぎる……!」


 彼女はキョトンとした顔をしていたが、俺の「推し」が変わった瞬間なのであった。

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