それが君への誠実のつもりだなんてやはり僕は今日も愚かで
切ない長雨の流れる音とにおいに君の痕跡を探す滑稽を犯すほど愚かだったと気づいた頃にはもう手遅れで美醜と善悪の混濁した粗い日常の密度を散らして火をともしてももう花火にはなりはしない。
花びら数えて空っぽ器に入れ替えてみて新しい命が満ちてくるのを願うだけの誠実さで空を泳ぐ君の美しさは星に見紛うほどでもないからいなくならないでくれって泣いて叫べば君を失わなかっただろうかと問うのも馬鹿らしくなるくらいに問うてきたのだから許してくれよと誰に乞うのだろうか。
もう秋が近い。
あめしずくがあきを告げて以来ずっととどまったままの前線にぶらりぶらさがって君はどうせ僕を見下して笑う。そんな笑みでもよかったのに。
緑に隠された色をあきらかにする不作法が季節の残酷さに引き継がれて君を哀愁に誘ったはずはないから諦めに似た花の散るたまゆらに耳を澄ませて命の音をもっともっと聞いていたかった。
ぴんと張った繊細な心の裂ける音が最期にとくべつに美しく鳴るのだなんて、どうせそんなのはフィクション。死に美を見出すな、と自分に言い聞かせるようになんどもなんどもPCに打ち込んでは文字の持つ無愛想な様子に君をまた探している。
記憶の幻灯が光る淡いくうきの流れるさきに糸を垂らして揺らして燃えて萌えてもえて草花の湿る香りが鼻に触れて切って散って美しくて泣きそうでも嘘だうそだウソだって僕は打った。
君の死が神の不在を証明した夕に同時に、沈む日の美しい訳を知らないふりして、僕は今日も愚かにも生きる。
君の重たいまぶたは赤く腫れていたはずなのに泣いた過去を隠すように塗りたくった赤いアイシャドーは大人ぶった分だけ幼く壊れやすかったのに。
可愛いのラベルでしか評価されない空虚な存在であることを誇ることなどできるわけもなく宛名のない手紙を何枚もなんまいも書いて出して返されて読んでぐるぐる自分の中でだけ泳ぐしかなかった。
現象学の円周上を落ちないように手を繋いで丁寧に歩いたあの日の図書館でのはかない時間は巻いた秋風に紅い葉と一緒になって消えてしまった。
夢や希望という綺麗な言葉たちが花咲かせては散っていく浮世の無常を笑いながらも君自身の夢や希望も同じように散った虚しさを押し込めることもできずにニヒルを気取って情熱を捨てたふりして愛を忘れていつのまにか。
いつのまにか。
いつのまにか君と僕は誰かに作られた欲望だけを生きるようになっていたのです。
闇に浮かぶ欠けた月ですら美しく見えるのだから神様なんてものも信じてみたくなるものだった。
幾条もの雲間から漏れる光が天に続く梯子だなんて馬鹿げた話を君は笑って教室のベランダの手すりに背をあずけてのけぞるように空を仰ぎ見たのだ。
黒い瞳に映った空の美しさを信じるならば現実などいらない。だから僕はあの日、捨ててしまっても良かったはずだ。
空にあおい背景を探すうちに夜に溶けて金木犀のオレンジ色の匂いもろとも苦みを消して溶かしてマドレーヌにしてしまえばいい。どうせ思い出してしまうのだから。紅茶と一緒にどうだろうかとか。
拾った骨は百合より白く映えて死の現実感からはあまりに遠かった。
君の骨もこれほど白くはないだろうという気がした。
甲高い嬌声にまみれて消える君の蚊の鳴くような弱い叫びのような歌は一緒に空にのぼって雲になれたろうか。
なにも聞こえない。冷えた露が袖を濡らして重くなる。朝の東の空のうすい紫にはどこか確からしさがある気がした。
エントロピーが閉じられた系の内側で増加して君という実在を二度とあり得ないものにしてしまうかもしれないよとか言って笑っていた君自身が先に消えるなんてずるいと何度も思った。
僕に生存価値があるか。
こうして永遠からは程遠いような愚かな期待を覆せぬまま詩の名を借りて戯言を呟き続ける。
なにもかもが不完全だ。
星の祈りだけが遠くの空に流れて光ることが許される世界。
綺麗だった。
君は綺麗だった。
そして僕は、今日も愚かで。
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