きみとあきときんもくせいとほし

綺麗な光の線がひらひらと東の空を流れていくのを見た朝の匂いは金木犀。白昼夢のように靄のかかったような曖昧さで僕を飲み込み曖昧模糊の世の憂さと海のように透明な夜を隠したまま眠りから覚める。秘密のままで。君を隠したままで。

路地裏に迷い込んだ猫を撫でるとひだまりのようにぬくくて気持ちよくて君の柔らかい髪を思い出した。細くてすぐにちぎれそうなくらいに繊細で頼りなくて勇気を出して触れても触れたことに気づかない弱さは僕を映し出していただけなのかもしれないけれど。

マスクをしているから気づかなかったなんて言い訳ばかりして人を遠ざけているうちに花の香りや季節の変化にすら気がつかない愚者に堕ちた僕はフォーマルハウトから遠ざかって真珠みたいな白い光がどこかにあると信じながら土の中で眠るのだ。土の心地よい褥に横たわって。死だけが救いだなんて君の幻想を壊すために僕は生きて詩を書き続ける。


素粒子の弾ける音楽に合わせて舞うつもりが時がずれてばらばらちぐはぐにステップを踏む僕と君とふたり以外の多くの人の命の不器用なことを知らないままで生きていたら生きてはいられなかったから良かったと君が笑ったのはきっとこんな季節だったと思う。揺れる白いワンピースの裾が落とす陰影の美しいことを僕はまだ知らなかった。

じっと見つめる虹みたいに静かな弧を描いている苦悩を水に沈めて結晶になってかたまるのをじっと待っている。イルカの泳ぐ海より澄んだ空は海をうつしだして大きな生物で埋める。命が空に満ちている。導かれて君のところへ向かう。いつか僕もそこにいくのを望むのに、夢現のあわい灯りが燃えて消えてくすんだ銀色の光だけを頼りにして浮いてもういても憂い思いは重くて土の中に奥へ暗闇へと沈んでいくしかなかった。


僕は君を描きたかった。


道端にいたずらに咲く彼岸花の放射状に伸びる鮮烈な紅をふしだらだと評した君こそ秩序を度外視して倫理の第一の破壊者たらんと欲した寄る辺無き純粋かつ孤独な魂だったではないか。

思い出を切り刻んでも過去はいつまでも蘇っては僕を苛み洗いたての真っ白なシーツは風に揺れてなにもなかったかのように思えば不意にまた思い出す紅。

遠ざかる雲に憧れながら君の不在はそこにあると知っている。なにげない不在はありふれていてどうでもいいはずの空白はなぜか僕に付きまとっては悲しみがあることこそが愛の証明だなんて静かに嘯く。強がりだけでは足りない儚い命と血と時間の脆弱さに恐れを抱いたまま秋の朝の爽やかさを少し憎む。


君はそこにいるのにいないから。


不在の悲しみこそが愛の証明であるならば、必ず喜びは悲しみとついになって僕のもとにあるのではないかと、秋の朝の冷たい風があざけるように吹き抜ける。

秋風が身に沁みても、あきがいつまでも来ないこの悲しみ。


君はそこにいないから。


過剰がもたらす情報の波に身を委ねて溺れてしまう無感覚な興奮すら君は僕から奪ったのだから、思慮を、思考を、深い洞察を強いる空白としての存在があまりに喧しく叫んでばかりいるから、言葉が止まらない。

漉した純粋な心の残り滓に火をともす。オレンジ色に輝いて金木犀になる。秋がかおるのは、君の不在と悲しみ、愛の証明になるのだろうか。過去は鬱陶しく訴えかけては、嬉しい、という君の言葉を思い出させる。

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