語られ続ける君のミームは生きた証か
拘泥して耐え難い沼に足を踏み入れ抜け出せない哀れな鹿ののような黒い瞳の君の叫び声が今でも耳を離れなくて逃れがたくてあどけなくなさけなくよるべないままの僕はいまだに惨めに詩を書くたびに紙片を燃やして君に届けばいいのにとか望んでいるのだ。
受け継がれなかった君のジーンすらもどこかで無邪気にAGTCGTACTACCGTと不思議な旋律を奏でているのだなんて幻想が許されるフィクションだけが正義だと嘯くなんて空々しい僕の虚栄心だけが言葉になるに値しないなどと決めてしまったのは僕自身だった。
君から受け継いだミームだけが僕の指を動かし永遠に憂鬱な恋文を生産し続ける機械に変えてしまったのだ。
僕をせき立てる過去を糧にして黒い甘いどろどろと溶ける蜜のようなミームは濃いこいこい血になって知になって君になって静かな夜のベッドで鉄を溶かすくらい内から熱くあつくなる秋なのだよもうって言っても嘘だと笑いながら君は彼岸花を根元から引き千切った。
水槽を真上から見たとき金魚がまだ赤い夏を腹の中に隠し持っていることに気づいた君が大人になるのを拒んだのは必然だったと太陽を厭う僕だけが知ってしまった。
悲しみは現実を歪めていつのまにか過去だけが確かさを隠し持っているのだと信じるしかないのに君は空白ばかり生み出しては僕に詩を言葉を求めているその間だけは君は君のミームは密度を増して心を満たす。
猛然と伸びる僕のミームが闇を裂いて吸い尽くして電信柱に貼られた行方知れずの猫の張り紙のような過去の欠落をまた言葉で埋めてみる戯れ。
君はいない。
朝焼けに浮かぶ紫の雲が美しいと感動するのもきっと君がそこにわずかにでも含まれているからだとロマンティシズムに耽る癖はどうせ君から受け継いだミームでいずれ消えてしまうのだろう。
君のいないこの場所よりすこし先まで歩いていくともっと暗いと思うから過去ばかり見て開闢の光を探してみたり言葉にしてみたり詩を書いたり絵を描いたりして複製を繰り返すことでしか正当性を証明できない不自由。
僕はいるのか。
純然たる秋の空の潔さは嘘と背中合わせになって散るだけの寂しさ。
君はまだ咲いてまた咲いて泣いて雨になってしまう沈黙を守れないから僕はなんとなくごめんねと言ってみた。
聞こえるかな。届くのかな。
夕暮れの静かな教室でふたり過ごした記憶が本物だったかわからないくらい時が過ぎて霞む情景がかえって美しさを増しているのではと疑う僕はもはや僕のミームを生きているのかもしれない。
鉛筆で描いた指輪は紙から浮いて流れて海に帰ることも忘れてしまった。
契約の証でしかないはずの銀色は永遠を担保するかのような欺瞞で鈍く輝いている。
星の死の玉響を感じるような夜に雪を願ってもまだ雪は降らないから君に会えない。
ふたりで見た映画のセリフを小声で囁く。
過去を穿つように仰ぐ空には君の遠い好奇心の断片が散って輝く。
辞書の一部を黒塗りにした。
言葉を減らせば君の純度が増すと思った。
位相幾何学の単純と複雑からなる謎のような君に輪郭など必要ないのだと。
死なない柔らかい文字列や遺伝子配列の先端は未来へと繋がれるのか。
僕が僕である証明を僕にはできないから君が必要だったのだなどと言ってしまいたくないから僕は僕だけで僕を証明したいから君からもらったミームを散らして詩を書くからだから生きてよ。
むなしい願い。
朝から自らの一日を暗くする言葉を弄してざらざらとした太陽を丸く削り出す術もなく数々の祈りをただ県と都の境をなす川に撒いてみたらきらきら光って案外綺麗なものだった。
朝が好きだと君が言ったことはなかった。
水底を眺めて揺れる水草や藻が優雅なため息を吐いているような。
さやさやとささやくあめんぼは表層を生きるだけの軽薄な存在なのだと笑った君だってあまりに軽かったではないか。
質量をこばむから空に誘われたのだろう。
君を追いかけてミームを拾い集めている僕の質量だけが増えて理由に縛り付けられるだけの愚かさだけが価値を示しているのかなとか妄想が電車内を巡って乱す。
通勤電車ですら君か。
いつまでも欠けた未来の中を走る電車内には嫌な臭気が満ちている。憎しみや悲しみのにおい。
卑しい笑みを食い尽くして漏れ出す体液の黒くてらてらと輝くのを生だと呼ぶなら僕はそれを拒んだ君を信じたくもなるけど。
窓の塵芥をぬぐい濡れた朝の東の空に明星を探してみたり雲の中に君を探してみたりしてもさやけし死だけは純粋さを欠いた。
花びらをかぞえた。
朝が好きだと君が言ったことはなかった。
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