向こう岸から手をふる君の袖は

川はゆっくりと流れる雲を映す

鵜や鷺が水面をぴょんぴょん跳ねて

水を飛ばして虹を作ったとて

君は橋を渡ろうとはしなかったのに

夜に星の囁きに耳を傾け

かささぎのかけた脆いアーチを

スキップして

片足ずつ

駆けて行ったのだった


河原で石を積む

少年少女の横に立った

対岸を望むとそこは東京だった

滝の音がとどろくように響いていると思った矢先に

君は淵をのぞき込んで指差して言う

生と死は非対称なのだから

完全な無を拒絶するのも受け入れるのも

生まれた前に戻ることとは違うのだとか


淵に浮かんだ落ち葉は

渦に飲まれて沈んだ



急行列車は川を顧みることもなく疾駆し

置き去りにされた過去は遠く

東京の一駅目はほとんど橋の上に浮いて

雲のようにたよりない場所にある

あまた降りて乗っては動く人の顔を盗み見ても

どこにも君の笑みは見当たらない


帰りの電車と並走する隣の電車の灯が目に映ると

僕は文庫本から視線を逸らして空を見た

黄昏の橙が溶けるように山の稜線に落ちて

満ちていく夜に抗って留まろうとしている気がした

ふと隣の席をちらと見やる

ひとまわり上の男性が文庫本を読み耽っている

その言葉のなかにも君はいないのに

僕は今日も言葉を紡ぎ詩を書き小説を書き

意味もなく本を読んでいる


どうせいつか失う命でしかないのに

僕は本を読み詩を書き小説を書くしかないのだ

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