プラネタリウムと空の木からみた君
四百メートルから見下ろす東京はおもちゃみたいで空にいる君の記憶とよく似た虚構でしかない昼間の星の輝きのようにあるのにあるのがわからないままのさやけき光の優しい透明な匂いがする夜を泳いだ学校のプールの水底の震えるほどおぞましい澱こそが君に置いていかれた僕という愚かな過去のしもべは今日も雨を降らせたのだろうかと問う間もなくあらゆる固体は昇華した。
雲をかきあつめて君を描くことが僕が死ぬまでにすべきことだと信じることしか救いはなくて掬われたくてふわっと浮いて宙に曖昧な軌跡を描いていつか僕は砂になって大西洋を超えて西へ西へアマゾンへ降り注ぐ言葉のなかにどれだけ愛とか嘘が混ざるのだろうと妄想してみてそのうちひとつだって君には届かないことを知っていても無邪気に声をあげて哭く僕は所詮えいえんのけもの君を失ってからは。
世界を分解しうる限界までこまかくした分子や原子やもっと小さな素粒子なんかやらの学びによって得た僕の知識は過去の証でしかなく意味もなくむなしくよるべなく揺れる太陽と風のなぐさみになるだけの君の死は星になるには早すぎると恨んでも羨んでも足りなくてまだ足りなくて永久からかおる花の憂鬱を嗅いで無常を喜んで今も昔も果てしない静寂の夜もみんな君と一緒に眠るのだ。
朝靄に隠れた草木のしめりけのあるにおいが鼻をくすぐりくしゃみがくしゅんくしゅんと連発したのに目は覚めず頭はさえず茫洋とした境界線を失った思考をつかみとろうと手を伸ばす先に君だけが欠けているからだから遠くむなしく軽すぎる僕と僕以外の誰かの憂鬱をボールで混ぜてホイップして空虚で膨らんだ白は甘いあまい未来を充填していく生きる。
かみさまお願いしますと願って心を温める太陽の優しさは人よりも残酷だと知った夏の真昼の桜の木の下で抱いた春への郷愁はたやすく裏切られるとしった汗と熱とかすかに混じる静かな死の音を聞くには電車の音が踏切の音が少年少女の叫び声がうるさくてうるさくて聞いてられない未来なんてない君はそこにいないのなんてもう夏は終わる花火のない夏は終わる君のいない夏は永遠に終わらない。
熱情を抱いた春の花を愛おしんでも夏は不条理に訪れ秋は無造作に終焉の準備を始めて冬はあらたな命の準備をするとかなんとか知ったような口をきく愚かなサディストでしかない君はなぜかたやすく自然とか不自然によって殺されてしまったのだとマゾヒストにもなれない僕は懐かしく煩悶して今日もそうやってほらって言って風のように逃げ切ってしまったらいつのまにか君の倍近い年齢になってしまっているのかもね。
火花の散る生死の境界線上をバッタが燃えるように跳ねる響きに耳を澄まして白木蓮じゃなくて紫木蓮でもなくて死も暮れんって漢字をあててみる遊びに興じた高三の夏の熱い暑い肌の内に欲と翼を秘めていたはずの君だけが痛くて君だけが傷ついて君だけが救いを求めていたのかもしれないなんて僕の思い過ごしだろうか。
かんざしでまとめた髪が祖母の遠い記憶だとしてもそれが君と重ねることもできるのだから君はどこにでもいるはずで夜の公園のベンチにも細い藍の紐で結ばれた淡い浅葱色の巾着袋にもその中にははるか昔に忘れられた誰かの瞳の輝きがあっていかほどにらみつけてみたって終わらないからだから僕は片思いの誰かの知らない届かない恋文だって無駄じゃないと祈るのだった。
しんきくさい歌ばかりうたうほととぎすが真っ赤な喉を見せなくなった夏の日に見た空の青さは嘘みたいに君に似ていた。
学校の屋上にしのびこんだ夏休みの思い出を秘密の話を、花瓶に挿した花をつんでゆるしをこう雨が降っていた頃など思い出せないから。
海岸を歩いた夏の波しぶきに淡い水色が散った日の生きるに欠かせぬ血が青よりも濃いならば僕は熱を夏を諦めたかもしれない。
傷口から流れる血は自由に見えるのになぜか重力に従って下にしか流れていかないのは理不尽だと思った。
僕が地面に落ちた花弁を足蹴にするのは君の死を拒んで空に君をいつまでも探しているからだろう、惨め。
脱兎のごとくかける時のなかでも死はまだ遠く速く風を拒んで光のなかを飛び交いながら探しているのは君だった。
夢の熱量と朝の空気が混ざり合った場所だけが安定した混沌を築き上げて虚構も現実も見事なまでに無価値に貶めて笑う。
そうして冷淡な空が慰みにすらならずに微笑むやわらかな木漏れ日すらも自然のいたずらだと厭うしかなくなり涙も乾かないうちにそれは蒸発した。
さようなら夏の幻想。
水は清く透明なまま抗うことも知らずに空から落ちて山に注ぎ川から海へと流れていく。
息が詰まる、という言葉になんとなく呼吸が楽になるのは、誰かが僕と同じように苦しいことを知るからだった。
砂壁に映し出されるあやしい模様は誰かがどこかで見たはずの景色でしかないのに、僕と君が一緒にいた時の香り立つ秋のようだった。
蹂躙された記憶の薄い膜を剥がして、逆さになった放物線を取り上げてみると、そこに君の心臓の音を見つけた。
僕もいつか死ぬのだ。
蟻の腹の膨らみから漏れる甘い汁がアブラムシを誘うみたいに星が降る夜に魅せられた僕と君は吸い寄せられるように夜の河原に立っていた。
吹奏楽部の楽の音が遠くから聞こえているのに軽くない解放された日の記憶がもったりと肩にのしかかる。死に憧憬を抱く君の倦怠感こそが生への憧れの裏返しなのだと言ってみたところで君は生の喜びを拒む。
沈潜するには僕はもう心を失いすぎたと思うのだ。
夏の歌に太陽は恥ずかしげに隠れて黒い雲が覆う空は気怠げに雷鳴を轟かせてみせるのに、僕は怖くも寂しくもないと自嘲気味に横溢する苦悩の波音を踊らせている自然の不可思議を繰り返し笑うのだ。
ぽんぽんお腹を叩いて笑うのだ。
開いた扉のむこうにかみさまがいるなど信じず信じる人々を笑いわらわらと集まる祭りの火の揺れる様に憂鬱になるなんてこともなくなんとなくかみさまを信じ始めている僕がいたのだ。
容赦なく奪う光と闇。
僕は走ってるんだ。超新星爆発のかけらでしかない僕は歴史の死でしかないという声と一緒になって心を震わせることもできないのだ誰かが誰かの意味になることも信じられないとか信じるとかではなく、僕はただ、羽を翼を、信じて飛ぶ以外にないのだった。
君の気持ちを知らないままの柘榴のような美しく透明な赤を隠している子供たちもいずれは爆ぜるさだめの虚しい命だなんて悲観する僕の時間は黒一色で塗られたつまらない夜だと星もきっと光らないんでしょうと笑うことなかれ、僕の夜はいつだって光る、君が空にいると知っているから。
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