無邪気を装う君はマスク越しにキスをした

春が散るのを一緒に聞いた朝

ベッドのシーツは濡れていた

君の熱い手のひらは夜とひそかに

冷たい雨と寂しい闇と親しみ

とうとうと語るのだった


堕落に似た憧憬でからだを重ねただけで

無意味な人生に色を添えるぐらいの

暇つぶしにはなると思うと

不器用な笑みは歪んだ

白い焼けるような夏の太陽は遠く

君が知らないまま散った

咲いていた過去を忘れ

花火には届かない高さで

君はもう


空を睨む二重の下の君の瞳は

空よりも青く澄んでいた

駅までの短い道をゆっくり歩いた

願いを込めた昨夜の星は

無知なふたりから最も遠い場所で

今も光る


朝の日差しと後悔が比例するように増し

夜をなかったことにしてしまおうと企んだ

子供の頃のように無邪気に遊べない

数多の透明な記憶にあえぐ呼吸できない金魚みたいに

小さな鉢で泳ぐ春

望遠鏡を覗いて夢を抱いて

赤く伸びた開闢の薄明を求めて

夜空を追いかけていたはずの

君はもう


ねえ笑ってよって

寂しそうな顔した君が太陽背負って

泣いているのかな

ラッシュ時のひといきれに息が切れ

もう会えない

なんて言葉が浮かんだ瞬間

君は無邪気を装い

マスク越しに唇を重ね

僕らはいつまでも届かないのだ

と証明してみせた

君はもう


それでもねえ

ほら笑ってよって

僕はまだ

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