純度を増す寒さと君の肌

マイノリティをアイデンティティとして君は自己を檻に閉じ込め動けないと嘆いて鈍色の空から落ちる滴が透明過ぎて気に食わなくて雨に赤と青の絵の具を混ぜて屋上から降らせることでしか自由を演出できない君の不自由に一番はじめに気づいたのは君自身なのに気づかぬふりする君にはじめに気づいたのは僕だった。空虚な教室の誰もいない席に置かれたプリントは人が脇を通るたびにふわっと浮きそうになって揺れているのに同級生たちはそこに誰がいたかも忘れて笑ってもはや物語となってしまった君の噂話は何度聞いても君の話だと信じられずに冷蔵庫の唸る音に似た静かな苛立ちが胸の奥でブーンブーンと心臓を動かしてるんだブーンブーンブーンと心臓を動かしては時々生きてることを知らしめるために血液を全身へと送るのだと宣い地べたを這いつくばる僕と遥か天の高みにいる君との距離は案外近いのかもしれないならホームドアなど容易く乗り越えられるという確信といつでもできるならまだしなくていいではないかという懐疑とが交互に脳裏を去来して君の白いしろい透明すぎる君の肌を光のなかに散らしたのだ火花になって僕を燃やし尽くすのだ今日も。冬が純粋さを増していく。透明さを増していく。絶対零度は遠いから空を流れる雲を眺めながら泥濘みで悶え祈りながらまだだまだだまだまだ遠いと呟いて得たハートの数を示す値は価値を持つかと問う気もなく甘美なる時を貪り次なる恍惚を求め新たな無意味を綴った吐いた。自分と他人が自由に不自由に繋がり縛り合う不思議な世界で僕は再び君を探しているのだ泣いた嗚呼と青と空の青と群青と藍と清澄な空の透明な光がもっともっと冬に近づいていくのだ鋭く研ぎ澄まされたような夜が君がココにいたことなど忘れろと記憶を細切れに切り刻んで散る時と記憶とという無邪気な言葉と。。と言って訪れなかった明日を夜は永遠に待ち侘びている犬のような祈りのような来るはずのない明日はどこに消えたのだとおぞましくおそろしい金切り声が闇をつんざき遠くの踏切を横切る電車の音が耳の奥でなり響き海の底にしずんだ貝殻の虹色に光る内側の光沢のように君はやはりいつだってマイノリティをアイデンティティにしながら見事に個性を演出する没個性に絆されるのだ。きっと僕も。永遠に色を保つ術を見出した君のくちびるの鮮烈な紅色だけを僕はまだ覚えている。空の透明さを、冬の純粋さを、君の罪悪の証拠として至上の幸福を味わい尽くして終着点へと放物線を描くような雨上がりの君の背負った大きな冬の虹を見た。季節外れの激しい雨に打たれて氷みたいに冷たい君と僕は熱が冷めない。岩絵具を塗ったざらざらのキャンバスの表面に光るこまかな粒子は夏を次第に薄めて軽いうわずみだけを掬い取って再び薄めてうわずみだけをとって繰り返した透明に近づけた冬の輝きだった。夥しい数の石榴の実が散る君の唇の色だけが目の前でクラッカーみたいにちらちらと爆ぜた。無機質に思える電車から見る景色ですらも君が横にいれば無邪気に横へ縦へとはしゃいで光るのに暗い中で光るのに。咲いてるからいつか堕ちるんだ散るんだと知ったふりして君はまだ知らなかったから偽りの月の明るい夜に泣いたプラネタリウムの君の涙だけはきっと嘘ではなかったと僕は思うのだ。だから僕はゆるしをこう。雨が降り止まないなんてありえない。君の背負った虹があまりに綺麗だったから冬が輪を描いてここに訪れる。君の場所まで届く虹が高く伸びる。遠くの氷のうえをすべるように君はすいすい雲のなかを泳いでいる。頼りない細い腕でなにもない空白をもがくように掻いて推進力もなくただ風に流されているだけなのにそれがそれだけが自分のアイデンティティなのだと自分が人と違うこと人が自分と違うことが差異だけがアイデンティティなのだと叫んだ叫びたかったんだ君は。決めつけなんてくそくらえと君は抗ったからもしかしたら僕が死ねばいいと言ったら君は今でも生きてただろうか。現実界からちょっと浮いて光の速さに近い速度で君が僕を待つ場所はまだちょっと遠く深くもっと早く深度を増して日陰に落ちた烏の羽のように黒く深度を増して苦いコーヒーを口一杯に含んだみたいに深度を増して君の黒く濡れた瞳を覗き込んだ時のように深度を増して増して増して僕は傲慢の権化のように踊り燃え立つ淡い炎を追って縋って路地に迷い込んだ狼の遠吠えと共に落ちた星を拾ってポケットにしまうのだ。だって君がそこにいるかもしれないから。命に似た火花を散らしてバラバラにした本当の君の断片がひらひらと揺れて頭の蓋を開いて覗いて脳髄の輝きに君を探すことなど無意味でいつか死ぬ僕の出口のない長い隘路の先はとどのつまり袋小路で僕は僕を軽蔑してつまらないアイロニーにさよならを告げたのだ。君と一緒ならこの世のあらゆる美しいものを味わうことができる。紙上の黒インクの滲みが広がりいつの日か僕を黒で深く暗く覆うとしても黴と埃にまみれて沈むとしても君がそこにいるなら僕は。願って祈って剃刀を何本も用意して使わないままの刃は次第に鈍くなってそれも捨てる。底翳のような濁った昼の太陽のつまらない温もりを捨て君を取り返したいあたたかみに欠ける空を飛ぶ君に追いつけない僕は誰を憎めばいいのかと花が降った夜の思い出を誰と語らえばいいかと唐突に訪れた夜は微醺を帯び媚態を呈すような不安定な眼差しが君を思い出させる何度も何度でも憂鬱なままその喜びを深く胸に突き刺して。溢れ出すのだよ。だからもっと夜が欲しい、冬が欲しい、透明な朝が訪れるのを僕は、いつまでも待ち続けている。

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