君と星の数をかぞえることだけが生きてることを思い出させる

君が目で追った透明な体液を散らして死んだ千鳥は形態素解析でバラバラになった僕の詩とどこか似ていて朝の太陽の光に静かに焼かれ蒸発して消えてしまったのは言葉の中にはいちいち君が現れるからだとごねる。先にはごねたのは君だ、とごねる。眠ることと死ぬことの区別をしなかった君は夜になると死に朝になると生まれるを繰り返して連続性を拒絶した。君の存在が水素よりも軽く浮き立ったのはフッサールのエポケーによる現象学的思考停止状態の産物だったのかもしれないと嘆き泣き喚いても手遅れで、最大化したエントロピーはとりうるあらゆる可能性を一点に収斂させたように見えたけれどむしろそれは無数の可能性への発散でしかない綯い交ぜにされた君の単なる憂さ晴らしなのだろう。思考が魂を救うなど幻想に過ぎないと君はとくに気づいていたのだ。君が歌声のひびく朝の凍るような空気が鋭く頬をかすめた日の記憶が遠くて痛みだけを思い出して朝に頭が冴えて期待外れな空虚を胸に抱きながら笑う僕は誰からも笑われることもなく夜を待ち、さやけき月明かりから垂れる銀色の光の底にしずんだ時間を丁寧に掬い上げたかった。午前二時の踏切を探して虚構と知ってどうでもいいと投げ出してから汚れた靴に穴が空いたことも気にもとめずに君のこめかみに光る汗を袖で拭った日の遠いことを届かないことをずうずううしくも今を奪い去ってしまうことを嫌いともいえずいつまでも僕は連れて歩いている。諦めたところで楽になどならないのに諦めたふりして黄昏のない世界から外側を覗いていた。燦々とふる光の中もしくは視界を閉ざす闇の中で君は繰り返し僕の夢に現れては眠りと覚醒のあわいへと誘い込むから僕には曖昧な時間だけが必要ないとうそぶいては容赦無く夕暮れの哀れに打ちのめされた。君が欄干に立って叫んだ言葉は忘れてもスカートのしたに覗く白い太ももとかさぶたの残る膝小僧をはっきりと思い出せるうちはまだ君がここにいないと意識しなくてもいいだろうなんて強がりを捨てて弱いふりもやめて純粋に僕が僕を生きることができるならば僕はとうに君を忘れているのかもしれない。君の喪失こそが僕の生きる意味になりつつあるのだ、絶対的自家撞着のナンセンスに絶望せずに生きる自虐行為に快楽を見出すのは僕には容易く君だけが僕の虚無を永遠に回転させる永久機関だ。風を掴む力はなくても空を飛ぶには十分な光と君の言葉を飲み込んでもっと大きく鯨みたいに膨らんで泳ぐ僕はいずれ星も友人も愛も喰らい尽くして破裂して新しい宇宙の始まりになる。曇天に封じ込めたはずの君の孤独の雨が漏れて僕を濡れ鼠にした夜だけが藍色の腕を大きく広げて星を胸に抱くことを許されているからだから君がいないと星は輝かないんだ鳥は歌わないんだ風は濁るんだって空っぽのカバンを振り回して抗っても授業で学んだ知識ではどうしようもなく君には届かないのを恨み憎んでも物足りなくて消えてしまいたくて君が悪いと叫びたくて屋上に出たのにバレーボールする彼らはまるで君のことなど無関心で酒に酔い眠る夜を求めて金色の泡の粒がこまかく弾けるのを目を近づけて確かめてその繊細かつ鮮明な輝きだけが腹の底でふつふつ煮えたぎって横隔膜を下方から押し上げてほら胸を空虚で膨らませるんだ。だからもっと、もっと、もっと酒を星を夜の輝きを朝を透明を君を見ていたかった飲みたかった君の言葉の鋭い刃で喉を切り裂いて欲しかった見たかった血のほとばしる様を見たかった。君と僕の場所は遠距離恋愛もままならないほど遠くメールも電話も届かないから量子もつれに言葉を託して音楽に似た音と調和だけに任せて愛とか恋とか不思議な会話を交わしたつもりになってみるのだ。虚数の孕む無数の嘘を蝕みながら明けぬ夜を失い沈まぬ太陽を呪い枯れ草を踏み割って破って踏み込んだ心が砕けた破片だけが本当の君を映してくれるのだったら僕が君を傷つけたことは間違いではなかったかもしれないなんて言い訳を壊れかけてたガラスの箱のなかで光のを見つけた。学校で教わらなかった虹の出るその根に埋まる宝箱の中身と似ている。どうせ死ぬなら君のそばにいたかった夜、夜を泳ぐ倦怠を漂う小さな光が遠くに見える気がするから探しても良いですかと君に尋ねてみても返事はなかった。それでも、青く冴え渡る昼夜の空の秘密を、きっと君だけが知っているから問いかけるのだ、君はそこにいますか、君は聴こえていますか、君はまた僕を覚えていますか、まだそこで、まだそこで泣いているのですか。思い出にすがっても逃げだせない悲しみだけが心地よくて縋って、瞬間に迸る熱が僕に、まだ君のことが好きだって思い出させる。そうして僕は、のどかな春を夢見て、公園のベンチで眠る抵抗なき人々に、公然とリンチを加えられるのを、ぼんやりと眺めていた。

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