千年も待ち続けた恋人が

千年も待ち続けた恋人が空虚な青ばかり仰いで

空には雲ひとつないのに泣いているのは不自然だと

僕は嘆いて歌をうたったのに

どうせその声も君には届かないのだという諦観から

逃れて足掻いて君を求めてなおも歌うのに

やはり届かない悲しみをまた歌う


秋から夏が一番近いのに遠いのは

ひととせがそうして循環と繰り返しで閉ざされているから

君だけがその循環からこぼれ落ちているから

青カビ吹いたようなかすかににおい風は秋の象だとでも

言いたげな森の空気に

じゅくじゅくと孤独を吸って膨らむ夜だけが

寂しげな梟とともに静かに泣くのだ


千年も待ち続けた恋人が空虚な青ばかり仰いで

自殺志願者の並ぶ列にあいさつをする

月の夜には明る過ぎて見えない星も

死に際に烈しく輝く

遡ることのできない流れなどなく

川はいつでも遡れるし遡った先にはいつもの記憶がある

コンビニで流れている流行りの音楽だけが

過去になることができるのだ

消えてしまう

忘れられてしまう過去になれるのだ


夏がまた遠くなった日の花火が

記憶の中でだけ鮮やかに弾けるのを

君は厭う

「私が過去になることを許せないの」

と君が厭う死は永遠に君を過去のものするのかと問う

僕だけがまだ君を忘れられずにいるのに

そんな僕でもいつか君から忘れられてしまうのだ

ここにいない君が月曜から日曜へと

右から左へと

小指から親指へと

するするすり抜けて去る月日と光と陰と

朝と夜と

「運命にさよならするよ」

と君の声の響きが氷みたいに澄んでいるのに

かすかに孕む静止した泡沫が邪魔で

君のいる場所がどうしても見えなかった

なんてね

氷はとてもよく記憶に似ているのだと知った


黒くなった硬くなった君の世界は夜が好きで

春にあらたまった空気は夏に燃えて秋に散って冬につもって

ふたたび春にそそがれてあらたまるのを知っている君は

死が黒い声で呼びかけるのを聞こうともせず

あっさりと受け入れてしまう

そうして何度も僕を置き去りにして

不死である物語の終わるその日まで

毒を僕へと注ぎ続ける


千年も待ち続けた恋人が目を覚ますと

隣に僕がそこにいるのがまるで当たり前のように

「おはよう」といって笑った

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