銃声が聞こえない
夏のアスファルトの焼けるにおいが
未来から漂う
あらかじめ死を体内に宿した少女の
美しい肌に浮く柔らかな静脈を撫でるように裂いて
溢れ出す血の赤いことを祝福して
酸素の足りない大人たちに呼吸をうながし
そのからっぽの胸を満たす
血は黒く錆び
今日から虚無へと続くながい道を歩く
傍らに
白く光る百合の花びら
ぐじゅぐじゅになった膝小僧から骨が覗き
痛みのなかで僕は
遠くに聞いたはずの記憶の音に耳を澄ませた
縹渺とした光の波が
高くつらなって天に伸びるように
音がピンと張って腰から頭へと貫く
愚かしくも美しい死が
ゆるやかに君の記憶をよみがえらせる
憂鬱の理由をがらくたみたいな青白い炎に隠し
救われるための死だったのだと
夜空の幻想に
なにもかも託したのが最期だったのだと
星がきらめく
君の見る夢は
紺色の雲から垂れる夜が
いつも涙を流していた
揺り籠から墓場までを最短距離で結ぶ線を
延長して交わらないはずだった平行線を
ローマ人やセオセウネガヨ人の生きるはずだった道を
勝手に重ねてひとりで笑う君は
ひとりじゃないけど
ひとりだった
湖に張る氷は薄く脆く
割れたらもう
元には戻らないのだ
沈んで凍って
永遠に忘れられる運命だ
悲しみや切なさに色があるならそれは青だと決めた人は
海や空が青だと知らなかったのだろう
と君は真っ赤なワンピースを着て
寂しそうに笑ったのを
今でも僕はよく覚えている
パンッと乾いた音が耳に心地よくて
もう来ないはずの夏に水風船をふくらませて
はじけた水に虹を願った
可愛い小指のささくれから血が流れ
雨の夜の熱を太陽に返し
図書館の本を返さないまま燃やして
空に高くあがる煙を僕は仰いでいた
傾いた金色の幸福を君は
鍋で煮詰めて焦がしてしまった
泣いた泣いた
手紙の文字が滲んでいたのはそのせいだと
言い訳にもならない君の言葉も
もう聞こえない
清らかな風が
死ぬには惜しいほどの初夏の香りを孕んで
心地よくて
泣いたのはそのせいだった
君の声を聞いて
意味はないと確信と共に夕闇に失した
鳥たちの自由の物語は終わりを告げた
飛び散る火花は
君の生きた証ではない
砕け散る波は
かつての誰かの涙でしかない
膝の激しい痛みに
消える運命や蝋燭の光の孤独を
キュッキュと擦り付けるように沈めていくと
止まる血
逃げる心の行き先はいつも
優雅に飛ぶカラスに似て
笑う
今日は
もういない君へ
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