摩擦する制服の触れる音


好き嫌いのない世界に生まれた君

愛も嘘も知らずに生きた君

夏の冷房の効いた部屋で

暖かいコーンスープを啜る君は


あらかじめ

物語にもなれずに

死ぬ運命だった


計算処理された数値の羅列と

同等の価値しか持たぬ惰性

昨日と今日を繋ぐだけの一日を過ごし

無個性であるが故に個性的だと逆張りした

不幸の始まりから濁流に飲まれ

流れに抗う力もなく流されていった


定期券を買い忘れた

チャージし忘れた


外に出られず延々と回り続ける電車の

終着駅も雨の終わりも知らないまま


しゅっしゅっと摩擦する

制服の触れる音に耳を塞いで

今日は学校をサボります


サドルを盗まれたから

紫陽花が萎れたから

葉に毒があるというから


孤独なふりして泣くふりして

雨の中で何度も

終わりを祝福するしかなかったのです



光も涙もない中央の空白を埋めるために

屑籠に捨てられた

無数の手紙を拾い集めて

あらたに綴った言葉のなかに

誰かの孤独や愛が

微かに混ざっていても

燃えて消えてしまう一瞬の光でしかない


希望ヶ丘駅から電車に乗って

夢が丘駅まで行くだけの永遠循環往復券を

無意味に受け入れるのが

生きるということなのです

と言う教師たちが今日死ねば

すべて終わりになるの


と問うこともなく問うまでもなく

悩ましい青に唾を吐いたら自分にかかった


雨が洗い流してくれる全てを

記憶と一緒に君も一緒に

そこにはもういないから

もういない君のくせに

空白だけが際立っている



日が暮れて

誠実さを問う意味もなく

憂鬱な梅雨の夜に

蜃気楼に似た感触の

水飛沫を吸い込んで

僕は酔う

白くなる世界の

幻想と妄想には値しない現実だけが

光の束になって胸を突き刺し

血が

とまらないとまらない

たわいない夜にだけ

僕の胸の血が

とまらないから


泣いているのが空なら

君の笑みはもっとずっと澄んでいた

名前のない水曜日の雨を

凡人たちは一つひとつ

名付けていった

愛とか夢とか君とか

名付けていった

死とか詩とか君とか

君とか君以外のなにかとか


名前のないなにかは

常に君以外のなにかだったのだ



鍵をかけずに家を出た

一日を終えて帰った時

閉じられた扉に

自分以外の誰かの気配を感じた


誰かが

濡れた手で

手紙を書いたせいで

文字は夜に滲み

読めない

それを受け取る

別の誰かは

読めない手紙を読んで

返事をする


暗い闇に光る

一本の蝋燭の火を奪い合うような

意味の争奪戦から

僕と誰かは

いつまでも逃れられない


リュートの弦の上を走る音は

絡まった配線に流れる

電気と同じ速度で歩む

その美しさを想像して

僕は

窒息しそうなほどの密度の音楽に

溺れてしまう

(君がそこにいるのを知っているから


傘に隠れ

雨になった君が

苛むように

傘を打って音楽を鳴らす

楽器の動揺を感じて

繊細な肌に触れた瞬間に

崩れ落ちた青

青が含む緑

緑の溢れる公園の

ベンチで見たひとりの人の死

苦しみも悲しみもない

木陰を歩く夜

耳鳴りと深海の青と

ヒマラヤを越えて吹いた風をつかまえて

天使になる練習をしてみる


途中で足を踏み外して

感謝した

世界は自嘲気味に

今日も冷たい雨を降らせるから

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