静かな性と生の重なる音をうとうとしながら夜に聞く

1


複素数平面に描かれた曲線を撫でるように

君は

鉛筆の艶やかな先端を

紙の上で滑らせた

擦れる紙と黒鉛のスルスルいう音が

耳の奥をくすぐり

静かな教室で

ひそやかに響いた


iを語るには幼く

先生が黒板に描き出した

複素数平面で繰り広げられる

虚構と現実の綾なす光陰は

矢の如く捉えがたく過ぎ


夏休みの水風船のように

弾けて濡れた


消える水の冷たさ

蒸発する夏の君の熱

自らの内に宿そうと

心見こころみる僕は

今日も風をつかめなかったと

裏切られてばかり


新緑のしげる桜の木の下で

ポツポツと潰れた毛虫と

世の憂さを語らう


アスファルトが黒になるまで

何度も潰され

粘り気のある濃厚な死で

歩道を埋め尽くす


誰かが生きた過去など忘れ

新たな命が過去の愛の結晶だなどと

虚飾を喧伝するかのように

ぷつりと命は踏み躙られ

肥やしになって循環するだけの

運命だと諭されるのだ


2


君の言う死とか詩とかいう言葉とか

バイナリーが乱れるのを

一と〇の振動だけで表現できない

なんて

不都合な世界で

iだけが詩や死を表現できる


鼻の奥まで

iが深く踏み込みスパイク

ノード間を走る連続に

仮想ホルモンが全身を巡る


ずきんと疼く


どきんと疼く


という言葉に

冬が含まれる意味を

この瞬間に

僕ははじめて

知ったのだった


3


コンパイルして書き換えた言葉


翻訳で愛を語れると思うなんて稚拙


と笑う君が

やっぱり僕は好きだった

黒板に書いた音符のない音楽は

授業では演奏されない

曖昧さのかたまりで


曲がってる


と君なら言うかも

でも

おそらくそこにはいくらか

iが混ざっているのだ


授業後に

ウスバカゲロウの翅を透かして空を見て

太陽は眩しく

悲しくなって泣いた

隠れて体育館裏の草陰で

大地からほんのり香る腐臭を孕んだ

懐かしい熱を

弄んでいたんだ


4


優しさを遠ざけた青春の虚構は青く

プールの授業を休む理由を問う男子の

無邪気な刃に傷付けられたから

血が流れるのだと

泣いた女の子は

その日から女の子じゃなくなる


頼りになるのは雲だけで

空に浮かんだ

たゆたう雲だけで

境目を知らない雲だけがきっと

一と〇の振動しか知らない僕を

iで許してくれるのかもしれないと

期待した


iに揺さぶられ

複素数平面の曲線をなぞりながら

快楽に溺れ

優しく触れて

深く刺し

愉悦を求めた

肉体から解放された真実のiを


もっと

もっと

と求めるのだ


複素数が奏でる

曲線に乗せて

踊れよ僕と君のi

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