【髪の毛】短編読切(リハビリ
兎深 白奈°
あれ? 髪切った?
【髪の毛】
「あれ? 髪切った?」
久々に会う友人とのカフェ。向き合って一息ついた一声に顔が引きつった。
髪は切った。それは間違いではなく、むしろ「切ったハテナ」と聞かれるのも心外なほどにバッサリと切った。
ロングからセミロング。そんな程度ではなく、ロングからボブ?いやショートと言っても過言ではないほどにバッサリと切った。
ピンクグレージュに染め上げた明るめの髪がさらに軽やかさを増したと思う。
印象はまるで違うだろう。
これが彼氏だったら、鈍感どころじゃないとふてくされたくなる場面だか、いや相手は女子友。且つそれなりに久しぶり。話のとっかかりとしては間違っていない。
が、私の引っ掛かりは彼女のせいでも、まして今この場面は関係ない。
現在進行形であろう過去をふと、思い出し背筋が凍ったからだ。
「それがさ…聞いてくれる?」
私は彼と同棲を初めて早2年。
良くも悪くもお互いの事をある程度把握し、順調なカップルなら平凡で単調な幸せがいつまでも続けばいいと。そうぼんやり思う頃なのだろう。
私は接客業で、彼は公務員。
とにかく休みが合わない。だからこそ付き合って早々に同棲を始めたのだが、家事の分担も生活リズムもお互いを尊重でき、よく言う性格の不一致?なんてものも殆ど感じず、気づけば2年。あっという間に時間は流れていた。
そろそろ将来の事を色々イメージする頃合いか。なんて思っていた私だけの休日。
私は部屋の掃除をしていた。
掃除機をかけた後に水拭きワイパーまでして、結構徹底的に。
掃除機って案外ホコリ取れてないのよね。
便利だけど、それだけじゃすぐ汚くなるっていうか、しょっちゅうやってないと保てないというか。
でも水拭きまでするとそれなりにキレイが持続する。そんな気がしている。
ある程度水拭きも終わり。何枚目かの水拭きシートを何気に裏返して見た。
そこには、からみ取られた髪の毛が。
ん? 気になって端っこをつまんでツーーーーっ引き抜いてみた。
50cmぐらい?だろうか。
太くしっかりとした黒髪。
長さはどうあれ、自分の髪ではないと思った。
一瞬彼の浮気などを疑ったが。彼はそんな人ではない。
勿論、ただの願望ではなく、仕事から帰ってくるのも遅い日は殆どなく、定時に帰れない日はちゃんと連絡をくれるマメさ加減。
お互い仕事の日は私の方が遅いくらい。
1人休日の日も家で趣味事をしていることが多く、出勤時と帰宅時の成果でずっとやってたんだなぁ。というのがうかがえるほど。
因みに彼の趣味はプラモデルだ。最近は既製品の物を組み立てるだけじゃ飽き足らず。といった感じで没頭している。部屋の一角にパーテーションを立てて工房のようになっている。
そんなことをしている男のところに、女が上がり込んできているはずもなく。
いや、プラモがダメとかそういう話ではなくて、時間がないってこと。
女の影? 気配も違和感もない。
2年もこの部屋に住んでいるのだ。黒髪だったことも、なくはない。
これは私の髪だ。
そう、言い聞かせた。その時は。
あくる日。1人でテレビを見ていると、ふとカーペットに絡む髪の毛を見つけた。
指先でつまんで、ツーーーーーッ。
長い。そして黒く。ストレートの髪の毛。
私の髪はウェーブかかった癖っ毛で、こんな風にはならない。
そう思いながらも、その髪をゴミ箱の中へ。
2回目。この時彼への疑いなどは微塵もなかった。
でも、違和感だけが残った。
それから数回、1週間に一度程度で髪の毛を見つけた。
決まって私が1人の時に。
気持ち悪かった。イライラした。何に対して?
私は髪をバッサリ切った。
担当美容師さんが「折角キレイなのに勿体ないわ」と言ってくれるのが嬉しい程には、そのロングの髪は好きだったけれど。
アレンジができなくなるのは少し寂しいとも思ったけれど。
スッキリと項が見えるくらいに切ってもらった。
ザクザクと入れられる鋏の音は、なんだか心地よかった。
きっとあの髪の毛は自分の物で、染斑とか癖の出方とか色々あって、よくわかんないけどきっとそう。
そんなモヤモヤが髪の毛と一緒に切り落とせてしまえばいい。
そう思いながら、床に落ちたフローリングの色よりも明るいウェーブがかった髪の束を、直視できない思いだった。
髪を切ってから1か月ほど経った。
もう掃除も何度もした。
あの髪の毛は見つけなくなった。
やっぱり私の髪だったんだ。
ホッとしたのと同時に、だいぶあの髪の毛に踊らされていたことに気付く。
今日。丁度季節の変わり目。
折角久しぶりに友達に会うのだからオシャレしなくてはと、洋箪笥を漁っていた。
髪も切って今までの雰囲気の服が似合わない気がした。
昨日のうちに決めておけばよかった。
そうだ。押し入れの中の衣装ケースも引っ張り出してみよう。次の休みにでも衣替えすればいい。
押し入れの前にしゃがみこんで奥のケースを持ち上げる。
一苦労で出した半透明の蓋付きのケース。
開けようと取っ手のロックに手をかけようとした時。
髪の毛が。
ピッとはみ出した黒い一本を見つけゾワリとした。
無意識に止まっていた呼吸を無理矢理大きく吸い込んだ。
震える手で…。
摘まむ。
ツーーーーーーー ずずずずずずずず゛ずずずすず゛――――――― プン。
ゆっくり立ち上がった私の指先に摘ままれたそれは、まだ床に塒を巻くほどに長く…。
はっとした私は服装もそこそこに鞄を取って家を飛び出した。
数時間後部屋に帰る気になれるだろうか。
彼には…なとん伝えようか…。
【髪の毛】短編読切(リハビリ 兎深 白奈° @shilona467
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