最後の巫女

トト

最後の巫女

 ──決して、決して、この地を汚してはならない。祠が大切なのではない、この場所を大切に思うことが重要なんだ。それを間違えてはならないよ。


 世界で最後の巫女であるミホがこの世を去った。


 巫女と言っても先祖代々神社やお寺を守っているような家系ではない。巫女は血ではない、人々が昔から神と呼ぶ、人ならざる者が見えるか見えないか、その声が聞こえるか聞こえないか、ただそれだけだった。


 ミホは生まれた時から神の姿を見て声を聞いた。

 しかしミホが物心つくころにはそれは奇異の目で見られることになる。両親も一人遊びが好きな子、大人しい子だと思っていたが、だんだんに何か別の生き物を見るような目でミホを見るようになっていった。


 神はそれを危うんだ。今までそうして何人もの巫女が人知れず迫害を受け、闇にほうむられて来たことを知っているのだ。

 時代が時代で理解あるもののところに生れさえしていれば、偉大な巫女として神の代理人のように尊敬と畏怖の念をもって尊い存在として崇められていただろうに。

 いや、それを利用され、一生自分の意思とは別にただ生かされるだけかもしれないが。


 どちらにせよ、神たちもこの最後の巫女を失うわけにはいかなかった。

 自分たちにも、もう時間も力もないことをわかっているのだ。

 なので神たちはミホが成人して、自分の力で生きていけるようになるまでは、直接姿は見せず直接言葉をかけることをやめた。そうやって最後の巫女を影から守りながら導いていった。

 そして彼女が20歳の誕生日を迎えた日再び彼女の前に姿を見せ、言葉をかけた。


「あぁ、神様方お久しぶりです」


 部屋で一人になったミホは正座をすると手をそろえ深々と頭を下げた。


「やはり、神様方はいらっしゃたのですね」


 小さいころ遊んでもらったことを微かに覚えていた。でも周りの大人たちはそれは子供の空想遊びだと言った。それにある時から神たちの声は聞こえず姿が見えなくなったので、ミホもそうなのだろうと思うようになっていた。

 でもたまに感じる温かな視線。誰かに呼ばれるようにいつもと違う道を選ぶといつもの道で事件が起きて難を逃れられたり。見えない力で守られている気がしていた。


「あれは神様方だったのですね」


 ミホが涙を流す。

 そしてミホはその日から神の言葉を聞き神の導きのまま生きることにしたのだった。


 神たちの願いはただ一つだった。

 それはある場所を守ること。


 その昔、神と人間たちは同じようにお互いを見れ、言葉を交わし、触れることができていた。

 しかしある時から人間は少しづつ神に触れることができなくなり、言葉を聞けなくなり、姿を見れなくなっていった。

 そして神がいたという記憶さえあいまいになった時、神は少しづつ消えていった。


 お互いを覚えている者たちは焦った。

 神からは人間が見えているのに、声が聞こえているのに、触れることはできない。人間たちもだんだん神に触れることができなくなり、声が聞こえなくなり、見えなくなり、そして記憶すらあいまいになっていった。


 たぶん人間が神を完全に忘れた時、神は消えてなくなってしまうだろう。

 だからその者たちはお互いを完全に忘れないために二つの世界を一つに繋ぐ場所を作った。

 人間はそこを神の家、祠を作り祭った。

 姿は見えず声は聞こえないが、神が住んでいてここから自分たちを見守っている。神の存在を忘れかけていた人間が本当に神のことを忘れてしまわないように。


 それでも人は目に見えない神をだんだんと忘れていった、それに比例するように神もだんだん人間が見えなくなっていった。ただ祠を通してなら見えた。声も聞こえた。そしてたまに昔のように、声を聞き姿を見るものが現れると、祠を飛び出し共に新たな土地に祠を作り新たな絆を作るよう力を注いだ。


 しかしそれも無駄なあがきだった。

 時代と共にただ神という言葉だけが残った。そして、土地開発が進むようになると、祠は取り壊されるようになった。

 それでもまだ見えるものが、繋がりのある場所に祠を移している間はよかった。しかしいよいよもって誰も神の声が聞こえなくなった時、祠はなにも繋がりのない場所に移され始めた。

 心のどこかで、祠は残しておかなくてはならないものだというだけ残っていた人間が、繋がりのない土地に建てた祠は中身のないただの空の祠でしかなかった。

 神は消え力のない祠は、さらに人間に神はいないものだと思わせた。


『ここが最後の場所だ』


 神と人間を繋げられる場所は、自然豊かな場所でないといけない。不浄の土地ではいけない。

 そして、たとえそこにお互いを見出せなくても、お互いに大切に思う気持ちがあれば、繋がりは切れることはない。


 神様たちが最後に示した場所は、今の時代には珍しくまだ手付かずの自然が唯一のこっている場所だった。


 ミホは神様たちの力を借り莫大な資産を得て、辺り一帯を買い占めた。そして残っている神の数だけ祠を作った。


 ただミホはそこを人間が、お参りに来るような場所にはしなかった。

 祠のある森をぐるりと塀で囲み、人間たちがむやみに足を踏み入れられないようにした。

 そして子孫たちにはこの場所をただ守るように伝えた。


 しかし時は過ぎ、人間たちは増えるばかりで住む場所は減っていった、今まで手を付けてこなかった場所さえ開拓が進んでいった。


 そしてミホの土地にも開発の手が伸びた。

 子孫たちもなるべく土地を守っては来たが、少しづつ土地は切り取られていった。そして、とうとう祠のある場所まで開発は進んでしまった。


 開発者は沢山の祠を見て、薄気味悪く思った。

 それでも広い土地は魅力的で、結局祠を一つにし、それを全然違う場所に移してしまった。


 うつされた祠は、二つの世界との繋がりの力を無くし、ただの空の祠になった。


 そうして世界から神はいなくなった。


 神の存在が完全に記憶から消えた時、今度は人間が世界からゆっくり忘れられていった。


 お互いの声が届かなくなり、お互いの気持ちが見えなくなる。お互いの存在が理解できず、いつしかお互いを存在してはならないものとして扱いだした。


 ゆっくりと、ゆっくりと……


 相手を尊ぶ気持ちを無くした人間は、互いを消し去っていった。

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最後の巫女 トト @toto_kitakaze

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