死に際で呼ぶ名は。
リュウ
第1話 死に際で呼ぶ名は。
フラッシュバック。
今でも、時々、思い出すことがある。
それは、とても短い映像で、単発に終わる。
何が、きっかけなのかよくわからない。
忘れないということは、私に忘れさせない程の影響を与えたということ。
他の記憶とは、比較出来ない程の絶対的な記憶。
それは、遠い過去のこと。
私は、初めて好きになったと確信した女。
名前は、『ミキ』。
今でも、不思議なのだが、いつも一緒だった。
お祭り、花火大会、キャンプや旅行と、遊んだし、お互いの夢も語り合った。
親友のような、兄弟のような恋人だった。
その頃は、楽しかった。
私には、ミキしか見えなかった。
でも、二人は別れてしまった。
それは、突然だった。ミキは、二人の写真を全て持って行ってしまった。
全てだ。
それから、時は流れて、私は結婚し、子どもを授かり、その子供も独り立ちしていった。
私は、妻を愛している。
妻との思い出も、家族との思い出も沢山、沢山つくった。
ミキとの思い出の何倍もだ。
ミキの事は、あれから何も聞いていない。
今考えてみると、原因は私だ。私の『嫉妬』だ。
誰とでも、笑顔で話す彼女を見ていると、離れていきそうな気がした。
僕は、気が付くと思ってもいないことを口にしていた。
私も子どもだったので、何気ない言葉や行動が、彼女を傷付けいたことを六十歳に手が届く歳になってやっと気づいた。
私はこの歳になり、記憶の中のミキの笑顔のピントがズレてきていることを認識している。
でも、ミキは確実に私の脳の中に存在していた。
今は、妻を愛しているが、私が更に老いてしまった時に、『ミキ』の名前を呼ぶかもしれない。
脳に刻まれているのだから。
私の意志ではなく、その名を呼んでしまったら、妻を傷つけてしまうだろう。
あるドラマを観ていて、妻と「死に際に、誰の名を呼ぶか?」と言う話題になったことがある。
その時、妻はこういった。
「あなたが、違う名前を呼んだら、私はあなたの面倒は、みないわ」と。
私もそれでいいと思った。
ある老人ホームの受付だった。
「・・・・・・あぁ、ミツルさんね」
受付が答えると、女性は頷いた。
受付は、通りかかったヘルパーを呼んだ。
「ミツルさん、どうしてる?寝てる?お客さんなの」
ヘルパーは、受付と女性に目を向けた。
「いつもの所に居るわ。ご案内いたしますか?」
「お願い」と受付。
「それでは、こちらに」
ヘルパーは、軽く会釈すると先を歩き出した。
ヘルパーの足は、思ったより早く、女性は小走りで付いて行った。
「ミツルさん、私たちでもなかなか話してもらえないの。
聞こえてると思うのだけど……」
ヘルパーの歩く速度は変わらない。
大きな高級ホテルを思わせるホールを奥へと向かう。
二十メートルくらいの廊下を抜けると、一面ガラス張りの部屋があった。
木々が、草が、池が窓一杯に広がる。
心地のよい風が、体をすり抜けるようだ。
鳥たちの声、走り回るリス。
そこは、森林そのままだった。
部屋の中央、窓際に車椅子にすわる老人が居た。
二人は、老人の元に向かった。
「ミツルさん、お客様よ」
ヘルパーは、優しく話しかけ、「どうぞ」と女性に合図するとその場を離れた。
白髪で清潔感のある老人だった。
女性は、老人の前にしゃがんで手を取り、老人の顔を見つめた。
「こんにちわ」女性は笑顔で話しかける。
老人は、しばらく女性の顔を見つめていたが、反応は無かった。
女性が、諦めて立ち去ろうとした時、老人のか細い声が聞こえた。
「・・・・・・ミキ?・・・・・・」
女性は、驚いた。その名前が老人の口から出るなんて。
そして、振り向き老人の手を握りしめて、顔を覗き込んだ。
「覚えていたの?その名前を・・・・・・。私の母よ」
「ミキの・・・・・・子ども・・・・・・」
女性は、バッグから、写真を取り出し、老人に握らせた。
写真は、古いもので、そこには笑顔の幸せそうな二人が映っていた。
「かあさんは、亡くなったの。遺品から見つけたの」
老人は、じっと写真を見つめて、呟いた。
「・・・・・・ミキが、来てくれた・・・・・・」
老人は、時が止まったかのように、ずーっと写真を眺めていた。
ずーっと。
死に際で呼ぶ名は。 リュウ @ryu_labo
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