これを眠らずに読み切れたら最強

ちびまるフォイ

眠る前に倒せ!!

「あなたが落としたのは金の命ですか。銀の命ですか」


「いいえ、俺が落とした命はそんなに立派なものではなく

 みすぼらしいごくごくありふれた普通の命です」


「あなたは正直者のようですね。

 では、このチート能力を授けた新しい命をあげましょう」


「女神さま、ありがとうございます!

 これで俺は異世界で無双できるんですね!」


「ただし、ひとつだけ注意してください。

 今渡した命は一度寝てしまうとすべて失われてしまいます」


「なんで!?」


「大きな力には大きな代償がともなうものです」


次に目を開けたときには広大な草原が広がる異世界だった。

ちゃんと「ようこそ異世界へ」の看板もある。


「夢にまで見た異世界だ! よーーし、楽しむぞ!!」


女神より授けられた力は説明書を読むまでもなく使い方がわかる。

軽くでこぴんするだけでも周囲にクレーターができるほど強力な力。


街へ向かうとあれよあれよとボーイミーツガールを経て、

この世界を支配する大いなる闇の存在を王から持ちかけられた。


「……ということじゃ。異国の民よ、その力を持って魔のものを倒してはくれないか」


「もちろんですよ王様。そのための力です」


「頼もしい。もし世界を救ってくれたなら私の娘を嫁に贈ろう」


絶世の美女であるお妃様はポッと頬を赤らめて玉座の裏に隠れた。

こんなに可愛い人のそばにいられる未来を想像しただけで幸せだ。


「まあ、今日は長旅で疲れたであろう。

 温かい布団を用意させたから今日はゆっくり休んで

 明日から魔のものを倒しにいってくれたまえ」


「ね、寝る!? 王様、それはできません!! 寝たら俺のチートがとけるんです!」


「チート?」


「とにかく今すぐいきます!」


王様にはやる気ある熱心な若者に映ったのかもしれないが、

一度眠ってしまえばチートが失われて一気に難易度が上がってしまう。


みんなの期待に答えるにはなんとしても眠る前に倒す必要がある。


「ぐぐ……ね、眠くなってきた……」


頭では眠るまいとしているものの、異世界転生時の時差ボケと単調な風景。

チートで一方的に蹂躙する緊張感のない戦い。


もはや眠気を引き寄せるフルコースが整えられている。

少しでも気を抜くとうたたねしてしまいそう。


「だめだ! 同じ道を歩いていると寝てしまう!! ちょっと休憩しよう!」


魔のものの本拠地近くの村までなんとか移動したがすでに眠気はピーク。

座れば即寝落ちしてしまうし、立っていても寝てしまいそう。


眠らないようにと常に歩きながら、早すぎる最終決戦に向けて村で準備を整えた。


「回復薬100個ね、まいど」


「……」


「お客さん?」


「……はっ! あぶねぇ! もうちょっとで寝そうだった!!」


道具屋がお釣りを準備するちょっとの待ち時間にも意識がかなたへ飛び立ってしまう。


「だいぶお疲れのようですけど、眠ったらどうですか」


「冗談だろ!? ここまで来たのに眠ったら終わりだ!

 寝たら俺の能力がもとに戻ってしまうんだ!」


「事情はよくわかりませんけど……こんなところで眠りそうになったら、魔のものは倒せませんよ」


「はあ? 何言ってる。俺のチートを持ってすれば余裕だ」


「能力的な話ではないです。魔のものは話が長いと有名なんです」


「なんだって!?」


「この世界を支配するときにも人間に呼びかけたんですが、

 そのときの演説がダラダラと長いうえにゴールの見えない話し方で

 世界が征服されたと伝えられた恐ろしい内容なのにみんな寝てしまったんです」


「おいおいおい……そんな話聞いてないよ。

 今でもギリギリなのに魔のものと戦う前に語られたら終わりだ」


俺はここが正念場であることを悟り、道具屋にありったけのお金を渡した。


「この金で、店にあるだけのエナジードリンクをくれ!!

 やばい成分盛りだくさんで目がバッキバキになる強烈なやつを!!」


「飲み過ぎたら死にますよ」

「どのみちチートを失えば死んだも同然だ!!」


ドリンクをがぶのみして目をガン開きしながら最終ダンジョンへと挑む。

最初こそエナジードリンクの効果で眠気は吹っ飛んでいたものの、

徐々に効果が切れる時間が短くなっていった。


眠りそうなほど長いダンジョンを抜けた先についに魔のものが待つ部屋までやってきた。


「し、しまった! もうドリンクがない!!」


あれだけ買いだめしたはずのエナジードリンクも、ここまでの道中で使い切ってしまった。

それがわかるや、ごまかしていた眠気が津波のように押し寄せる。


こんな状態で直立不動のまま長い話を聞くことになったら確実に寝落ちしてしまう。


「ちくしょう! なにか……なにか方法はないのか!?」


眠気でよく回らない頭をフル回転させて秘策を思いついた。

わずかな望みをそのアイデアに託して部屋に入った。


玉座に座る魔のものは余裕たっぷりに待ち構えていた。


「クックック。ようやく来たようだな、冒険者よ。

 改めて貴様に問おう。お前は世界を救ってーー」


「そんなことより俺の話を聞けーー!!」


秘策により強引に魔のものの話をさえぎった。


自分が話をしている最中には少なくとも眠ることはない。

これが俺の導き出した秘策だった。


とにかく喋り続けなければならないので、ネタに困らない自分の過去話を続けた。


「そのとき、俺は卓球部だったんだけど、球技大会のときに

 サッカー部の人からボールを取ってごぼう抜きしてシュートしたんだ!

 あれにはみんな驚いていたし、自分でもびっくりしたよ!」


「実はここに来るまでに一睡もしていないし、

 異世界のくる前の現世でも毎日2時間しか寝てないんだよ」


「昔からカメラが好きで〇〇社のどこどこレンズは

 被写体深度が調整できてポートレート風の写真がーー」


口下手な自分がとめどなく喋られるネタを語りながら魔のものへ魔法を放った。

周囲の地形が消し飛ぶほどの強力な魔法。


「これで終わりだ!!」


しかし、爆煙からは魔のものが無傷のまま頬杖をついている。


「俺、昔はけっこうやんちゃして悪かったんだーー!!!」


自分語りをして眠気を遠ざけつつも攻撃を緩めない。

しかし、どんなに強力な攻撃であっても魔のものの周囲にあるバリアに阻まれてしまった。


「ば、バカな……俺の全力でもノーダメージだと……!?」


(クックック。その程度の攻撃では私に傷ひとつつけられまい。

 お前は意図せず、私に本気を出させてしまったのだ)


「本気だと? どういうことだ!」


(クソつまらない話をありがとう、おかげでよく眠れるよ。

 私は睡拳すいけんの使い手。眠っている間はどんな攻撃も届かないのだ)


「そんなの試してみないとわからないだろ!」


(いいやもう結果はあきらかだ。この声が届いている段階で、

 お前も私と同様に眠って夢の世界に来ているということなのだから……)

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