ぼっちって言わないでね

tolico

小さな演奏会



 ったん、かたた。っしゃん。ったん、かたた。っしゃん。ったん、かたた。


 規則的に、定期的に続く複数の音。


 ったん、かたた。っしゃん。ったん、かたた。っひぃっ、きゃぅ。っしゃん。ったん、かたた。


 その合間に時々入る不調。


 悲鳴にも似た摩擦音。もの言わぬ機械たちの、僅かばかりの自己主張。



 大工場、ライン生産の製造工程。ちょっとだけ隔離された持ち場にて。


 延々と流れてくる製品を、直立で、目で追いながらひたすらに眺める。

 時々流れてくる不良品を取り除きながら、僕は、機械たちが奏でる小さな演奏会に耳を傾けていた。



 工場業は体力勝負。一日中、ただただ直立で製品選別をしたり、資材の投入補充を延々と繰り返したり。

 単調で同じ作業ばかり続いたりするが、常に気は張っていなければならない。


 配置によって重いものを何度も上げ下ろししたりするし、機械の音もうるさいし、何かと身体を痛めて辞める人は多い。


 持ち場によっては他人と直接協力しながら作業することもあるけど、基本的には対人より対物で、比較的孤独な作業だ。


 そんな工場のライン作業だが、僕はこの仕事がわりと気に入っている。



 女性が大半を占めるうちの工場で、30半ば独身の、しかも男の僕は、子供もなくペットも居ない。テレビも最近見ないから芸能人もドラマも全然知らない。

 タバコも吸わないので、喫煙者同士のコミュニケーションも取れなかったりする。銘柄くらいは知ってるけどね。

 誰かの噂話には少し興味あるものの、悪口に参加するのは気分が悪く、精神衛生上とても良くない。

 面白い話題も提供出来ないので、入った最初こそよく話しかけられたけど、今は必要以上の会話をする人はあまり居なかった。


 話すことが苦手というわけでは無く、むしろ話題さえ合えばよく喋る方だが、女性特有の群れグループに入ることは苦手だ。

 そんな性格は女性の中にもちらほら居て、そういう人とは気が合う。


 基本、仕事は全力真面目にやる。


 根暗には見えるかもしれないけど、まあ顔はそこまで悪くないんじゃないかな。身だしなみには気をつけてるし、清潔感もあると思う。

 だから時々からかってくるグループ女子にも、嫌われているわけでは無い、と思う。うん。たぶん。



 独り。音の壁に隔離されて作業をしていると、色々なことを考える。余計なことまで考えてしまうのは玉にきずだが、集中して考え事をするのには良い環境だ。

 マスクの中の独り言を聞かれる心配はほとんど無いし、作業の合間にちょっとだけ体操したりも出来る。

 誰かと目が合って手を振ったり、時々すれ違う仲良い人と、ちょっとだけお話したりもする。



「製品不良、落としたため、あいだ空いて行きます」


「了解しました」


 時折、多めに不良品が出ると、近くに備え付けられたマイクで場内放送を入れる。

 複数マイクがあるので、タイミングが悪いとハウリングを起こしてやかましい。

 すぐにマイクのスイッチがオフになっているかを確認する。そんな時はみんな顔をしかめてお互いに苦笑い。

 こういう連帯感も面白い。



 ふいに何処からか、流行りのポップスをアレンジしたメロディの冒頭が繰り返し流れてくる。機械がトラブルで止まると流れる音楽だ。

 これが意外と色々あって、新旧流行りのポップスにアニメ曲や童謡、勿論ただの警告音や機械的な音声放送もある。


 この音楽が、一度聴いてしまうと頭の中をぐるぐると流れ出す中毒性を持っている。

 前に社員旅行のカラオケでこの曲を歌ったら。


「やめて! 機械止まっちゃう! ライン止まっちゃう!」


 と、耳を塞いで叫ばれ、みんな大爆笑。大盛り上がりしたことがあった。それ以降、その歌は社員旅行では歌わないようにしようと心に誓った。



 未だ冒頭を繰り返すポップスに、カラオケに行きたい衝動を掻き立てられる。

 やがてトラブルが収まったようで、機械の騒音だけが戻ってくる。


 騒音のカーテン。劇場の幕開けに似たブザー音が鳴り響く。


 今日は僕のソロリサイタル。伴奏はリズムを刻む機械たち。観客は流れてくる製品たちだ。


 僕は背筋を伸ばして立ち直した。頭の中で懐メロのイントロが流れてちょっと口ずさむ。

 Aメロの半分ぐらいまで気持ち良く歌った時、ピンポンパンポーンという場内放送が入った。



「はーい。大変良い歌声でしたが、マイク入ってますよー」


 棒読みの低音の声で。



 さぁっと血の気が引いて、たちまち体温が上昇する。

 目が合った人は苦笑い。


 僕は慌ててマイクのスイッチを切り、劇場の幕も閉じたのであった。





 後日。


 普段は話さないグループ女子の一人が、僕が工場内にうっかり披露してしまった懐メロに食い付いてきた。歳が近かった事もあり盛り上がって、社内旅行でもカラオケを一緒に歌ったりした。

 その後も工場内でちょくちょく話すようになり、プライベートでもカラオケに誘ったり食事に行ったり。



 結果、あのソロリサイタルのおかげで僕には彼女が出来たのだった。


 今でもその話で時々みんなにからかわれる。嬉しいやら恥ずかしいやら。


 でも良いんだ。僕はもうソロじゃないから。


 今はデュエットしてくれる彼女が居る。

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