うつろいゆく言葉

戌井てと

第1話

 答案用紙が返却された。

 低くは無いが、高くもない点数。


「採点で納得いかないのがあれば、今のうちなら聞くぞー」


 もしかしたら点数が上がるかもしれない。そういう意味が含まれた先生の言葉を聞く気になれないほど、チェックが入れられた問題を睨んではむくむくと出てくる溜め息を静かに吐き出した。


佳珠葉かずはー、点数どうだった?」

「まぁまぁかな」


 言った通り、隠すことなく用紙を見せてくれた。一通り見終えたと思った直後、終盤の解答欄に二度見する原因となるものが。


「え、うそ、これ丸貰えたの!?」

「しっかり貰えたし、良いんじゃない?」


 尊い。読みを答えて、その言葉を使い、文章をつくりなさい。その問題に佳珠葉は、〝推しが尊い〟と答えていた。


「ネット用語でしょ? いや、ヲタク用語? えぇー……ほんとに? 先生、疲れて丸したとか?」

「スマホで調べたら、しっかり意味も出てくるし、ちゃんとした言葉だよ」

「それは分かってるけど……テストにそれ書く? やばっ。それを丸した先生にも笑えてきた、やばい」





 無事にテストも終わり、春休み。本を読んでいたらスマホが鳴った。相手は佳珠葉だった。


『聞いてー。お母さんに返却されたテスト見せたらさー、優しい先生でよかったね、だってさ』


 推しが尊いのやつね。意味はわからないけど、丸が貰えてるから良し。そんな感じだね。


 そういえば年号が変わったっけ。変わったあとしばらくは、その年に使われてた言葉がまとめられた呟きをよく見掛けた。流行りってやつだ。


 流行ってるから使ってた。流行ってるから言ってた。本当の意味は知らずに。知らなくても雰囲気で済ませられた。


 アプリ、辞書を開いた。貴重、身分が高い。価値が高い。元々の意味をフンワリでも知って、推しが尊いも意味は遠からずってところなのかな。


 次は広く調べてみよう。キャラクターに対して抱く、いわゆる萌えの感情を通り越し、近寄りがたいほどの憧れや、そこに見出された価値の高さであったり、非常に強い愛着心。


 スマホが鳴る。


日向ひなた、このアニメ、おもしろいから見てねー』


 物語に興味はある。佳珠葉からオススメされるアニメだって面白いと思う。ドラマを観る感覚に近くて、ドラマだと実際に居るから尊いという表現は合うなぁと感じる。だけどアニメ、二次元で、創られた人に対しては、尊いを使う気にはなれない。


 実際に居る人は、間違いを犯す。でもキャラクターは、ずっと理想のまんまで。製作者が意図してやらない限り、意外な一面は想像つかないんだ。


 大体の事を知れたうえで、改めて考える。推しが尊いって、どういう気持ちをなんだろう。どういう状態なんだろう。ニュースでたまに見る、好きなアイドルが引退して、ショックで仕事を休む人を。


 あぁいう人たちは、推しが尊いを、肌で知っているのかもしれない。佳珠葉も、同じだったりするのかな。


 流行ってるから使ってた。

 言われ方、使い方は変わっても、本来の意味からかけ離れている事は無かった。

 たぶん、この先も、知ってる言葉は姿を変えていくんだ。


 そう考えると、言葉自体が、尊いものに思える。



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