第690回 煽動者には覚悟はない

 テレビ収録終了後。

 印堂宝生は、スタジオから出る。

 そこで、スマホを取り出し、チャッターで自身のページを開く。

 そこに、今日の出来事および各田十言を悪者にする書き込みおよびクリエイティブ・アルケーの工場および会社の襲撃するように煽動する。

 チャッターで自身のフォロワーになっている者は、すでに二百万人を超えている。

 その中には、与党関係者も多く、チャッターの日本人のフォロワーランキングで100位以内に入っている。

 それだけ、印堂宝生が有名であることの証左だろう。


 (今日も煽った。

 俺の人気のため、俺自身の名誉のために―…。

 俺のことを馬鹿にしてきやがった奴らを見返すために―…。)


 と、心の中で、自身の過去を思い浮かべているのだろう。

 印堂宝生の生まれはかなり貧しく、差別されるようなことすらある場所、人々の中で生まれ育ち、勉学ができたのか、苦労の末、有名な国立大学に入学して、卒業し、司法試験に合格して、弁護士となった。

 そんな彼も、生まれのせいか、大手に一時は所属することになるが、その中で裏社会に関係する会社および組織の専門弁護士となった。

 そこからの推薦でテレビ番組に出演するようになり、テレビの力によって有名となり、坂方府の知事へとなり、自由強制連盟党の創設者となったのだ。

 そして、彼の目的は自身の名誉欲のためとも言えるし、差別してきた者たちへの復讐というか、一泡吹かせるためのものである。

 だけど、結局、差別してきた者たちの影響を自身では気づくことなく受けてしまっており、そこから脱却できないでいるのがこの人物である。

 要は、馬鹿にしてきやがった人物と同じ思考になったというほかない。

 これは、人が他者から影響を受けて、それを真似てしまったという意味以外に存在しない。

 そして、印堂宝生は、止めてある車に乗る。

 そこに、一人の人物がやってくる。


 「いやぁ~、宝生さん、今日も良かったですよぉ~。」


 声は、まるで、印堂宝生に媚びるような感じであり、胡麻をっているのは確かだ。


 「こちらこそあなたには大変お世話になっています。

 滝金たきがねプロデューサー。」


 胡麻を擂っている人物の名前は、滝金丈士ひろしという。

 この人物は、番組の視聴率を過剰に気にする人物であり、視聴率のためならヤラセなども平然とする人物である。

 そして、世渡りというものを心得ており、今の日本政府の政権に逆らうことなく、彼らから敵視されないようにするために必要なことを心掛けている。

 自ら今、つとめているニュース番組の前のプロデューサーは、日本政府や神信会であったとしても信念のもとに取材を決行するような人物であったから、日本政府に目をつけられ、最後は闇に葬られたという。

 噂で聞いたのだが、日本政府の首相の裏を暴こうとして始末されたとか。

 そのような噂を聞いているし、今の番組も昔はかなり日本政府や神信会から圧力を受けていたことを知っているので、彼らを敵に回して良いことはないと分かっており、媚びを売って少しでも自分の得にできる方を選んでいるのだ。

 信念のために生きるなんて、そんな損な生き方はできない。

 今、自分が生きていることが大事だし、媚びを売ることによって得られる利益を得た方が得なのである。


 「宝生さんのおかげで、うちの番組の視聴率は20%を超えているもの。

 だけど、子どもの名前を具体的に挙げるのは、番組としてもどうかね、という電話もきているのだけど~。」


 丈士としても、各田十言の名前を挙げることで、一部の視聴者から反感を買っていることを知っている。

 視聴率のためなら実名報道もやぶさかではないかと思うが、それでも、視聴者からの信頼を損なってしまえば、番組は成り立たない。

 それを知っているからこそ、印堂宝生が各田十言の実名を出したことには違和感を覚えかねない。

 状況によっては、丈士だけでなく、その上のクビも吹っ飛んでしまうほどなのだ。

 その上は、日本政府の現内閣総理大臣である大田原山作次郎に泣きつけば何とかなるが、丈士程度のプロデューサーでは助けてもらえることはない。

 そのことを理解していからこそ、こうやって言わないといけないと感じたのだ。


 「大丈夫ですよ。

 私は、日本政府からも神信会からも守られ、日本の裏組織からも守られているのだ。

 各田十言や、クリエイティブ・アルケーごときが私を潰すことはできない。

 各田十言にいたっては、まだ、学生と聞いている。

 その学生が神を滅ぼそうとする悪魔の所業をしているのだ。

 それは、子どもであっても許されることじゃない。

 だから、ちゃんと私のような素晴らしい大人が止めてあげないといけないのだよ。

 君は神の安寧のために死ぬことが正しいことなのだと―…。

 大変なことになったら私を頼ると良い。

 では、後も仕事があるので―…。」


 と、窓が閉まると、印堂宝生を乗せた車は発車される。

 その様子を見ながら、丈士は思う。


 (彼はまるで子どもね。

 私は自分の命を大切だと思えるけど、視聴率のためなら何でもする気だけど、それでも、人様あってこその番組であることぐらいは分かっているのよ。)


 と、悪態を心の中でつくのだった。

 そして―…。


 (神を滅ぼすなら、滅ぼしてしまえばよいわ。)


 と、心の中で丈士は思う。

 神が世界を創造しようとも、人を創ろうとも、自分達の将来が、神のご機嫌で、自分のしたいことが達成できないのなら、それから脱却しようとしている人がそのようなことを達成することが望ましいと思ってしまうのだ。

 自分でする気がないだけで―…。

 自分の力量を弁えているだけで―…。



 ◆◆◆



 一方、車が進む。

 その中で、印堂宝生は―…。


 (あのオカマが―…。いちいち俺に指図をするな。

 まあ、あれでも使いようはあるがな。)


 と、心の中で思いながら、丈士を馬鹿にするのだった。

 印堂宝生とは、こういう人間である。

 煽動者だからこそ、自らの信念という名の覚悟が一切ない。

 だからこそ、今のようなテレビ番組の中で、人を侮辱することができるのだと思う。

 自分の味方を本当の意味で不幸にさせるようにして―…。

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