第21回 救う気持ちがある。だけど、二人の方法は違った。

 「ふん、太刀筋は素人だな。」


 「そうだね。剣なんて持ったのは、襲撃された日以後だから、剣術の基礎すらわかっていなんだよ。

 だけど、俺は、勇者には負けない。

 実の妹を殺すような兄にはな!!」


 俺は、勇者を挑発するように言う。


 勇者に挑発が効くという可能性はかなり低いが―…。


 それでも、挑発はしないに越したことはない。


 乗ってくれれば儲けもの。


 「お前に何がわかる!! 血の繋がった妹が魔王に唆されて魔物にされた気持ちを!!!

 お前ごとき、神に仇をなす人間にわかるか―――――――――――――――!!!!

 俺は、美愛を殺すことでしか、美愛を救えないのだから!!!!!」


 勇者は、叫ぶ。


 気持ちはわからなくもない。


 俺にもし、妹がいて、魔王に唆されて魔物にされたのなら、俺だって、勇者、お前のようなことでしか救えないのなら、やっていただろう。


 だけど―…、だけどな。


 魔王も魔物も神の手下でしかないんだよ。


 勇者が殺すことを宿命づけられている魔王ってのは、魔神が選んだ魔力を扱う人の頂点の者を指し、魔神は神の部下だ。


 当然、魔王が作り出した魔物は、神の末端の部下でしかない。


 そうやって、魔物に定期的に人を襲わせ、魔王の存在を神の敵だと認識させ、それを救う勇者に神の命により魔王から人類を救うと言えば、人々はコロッとそのことに騙され、神を信仰する。


 よくできたプロパガンダだ。ムカつくけど―…。


 本当の神の気持ちなんて、きっとこうだ。


 俺を信仰しろ、俺は絶対的な力があり、俺のために生きろ。


 人類のこと。知るか、そんなもの、とにかく信仰だ。


 そんな奴を信仰したところで、意味などない。


 人類の平和どころか、むしろ破滅の未来しか見えやしない。


 それに、魔王に唆されて、魔物になることはない。


 白い奴の言っていた、魔力因子を持っている女を殺すために、そして、その対象が勇者の妹であることから、勇者に殺させることを円滑にするために、魔王に唆されたとでも言ったのだろう。神信会ならありえそう。


 それに、勇者が、自らの妹である阿久利美愛を勇者自身の手によって殺すことで、罪悪感と魔王への恨みを利用して、神への信仰を確固たるものにしようとしているのか。あくどいな。


 扉から聞こえた声から考えて、阿久利美愛を神が生き返らせる、それも条件付きで言うことで、絶望を払拭し、希望を与えることで、神への信仰を揺るぎないものにする。


 本当に、よくできている。


 だから、神の野郎には嫌悪する。


 お前が自らのために人を犠牲にさせようとするのなら、俺は神を犠牲にさせる。


 お前がしようとしていることだ。


 されたとしても文句はないだろ。


 俺は、思考しながらも、何とか勇者の剣に対抗する。


 俺の長剣と、自らの能力の使い方の基礎ぐらいはしっかりと理解している。


 キーン。


 勇者の一撃、一撃の攻撃は重い。


 手が痺れそうだ。


 だけど、俺は、阿久利美愛を救う意志は勇者よりも低い。


 それは、事実だし、そうなってしまうのは当たり前だ。


 それでも、俺は、誰かを殺さなければいけない状況ではないし、神信会や神のための身勝手な思いだけで、阿久利美愛を殺させはしない。


 実の兄が妹を実際の無意味のために殺すなんてさせない!!


 その兄を唆している神も許さない!!


 それを回避するためには、阿久利美愛をこちら側に奪還すること。


 勇者の一撃が重くとも俺は、善人を馬鹿な奴の欲望のために、絶望に突き落とさせはしない!!!


 だぶん、この時の俺の意志は、強かった。


 阿久利美愛を救うのではなく、その兄である勇者が道を踏み外させないという気持ちのほうが―…。


 何となくわかる。勇者は、真面目で人が良いなのだろう。


 だけど、世の中、善人で回っているわけではない。


 その中には、自らの欲望を優先にし、他者のものを奪おうとする者だっている。


 自分が得するためなら、奪うのが当然というような―…。


 だから、そんな性格の神から解放してやるよ。


 そして、俺と勇者の剣撃が続く。


 周囲に、キーン、キーンという剣がぶつかる音をさせながら―…。


 考えることは、阿久利美愛の奪還だ。


 勇者の攻撃に隙はない。


 剣の扱いにも慣れている。さすがだ。


 そして、勇者の隙を突いて、阿久利美愛の方に近づいても、白い服で覆われている奴が何をしだすかわからない。


 あいつは、挑発に乗りやすく、自分が一番だと見ていて、相手を騙すことに罪悪感がなく、自分の出世のことしか頭になさそう。


 だけど、勇者が強い以上、あそこへ近づくのはかなり難しい。


 いや、できる。


 方法ならある。


 俺は、阿久利美愛に近づく方法を思いつくのであった。

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