第15回 勇者に与えられた指令

 ◆◇◆



 時間を少しだけ戻る。

 今日も阿久利美愛は学園へと登校しようとしていた。

 理由は、授業があるからだ。

 土曜日でも午前中は、授業がおこなわれているのだ。

 理由は、美愛が通っている葉積城台学園は、進学校であり、この国で最も有名な大学やその他の学力の高い大学などに多くの進学実績を誇っているからだ。

 さらに、全員がそうではないが、社会的にも芸術やスポーツの面で活躍する生徒にとっても、評判もいい学園であった。

 芸術でいえば、演劇、芸能分野などで有名人を輩出している。

 さらに、芸能関係者にとっては、学園の中に寮があり、男子禁制なので、芸能事務所にとってもありがたかった。

 芸能事務所にとっては、男女関係のスキャンダルほど事務所の利益にとって危険なことはないが―…。

 別に、葉積城台学園がそのようなことを守るためにあるわけではないし、理事長のアルケーからして、男女がお互いに好きなら付き合えばいいと思っている。

 だって、男女の付き合いは、将来にとって必要だと考えている。

 慣れておかないと、将来、生徒たちが男女関係で苦労するのは目に見えている。

 寮を男子禁制にしているのは、あくまでも、不埒な輩の侵入を事前に防ぐためでもあり、親や芸能事務所の一応の信頼を得るためである。

 ゆえに、あくまでも、女子校であることに学園側はこだわりがない。

 それでも、女子校であることを続けているのは、神信会を信仰している神を滅ぼしていないからだ。

 神信会は、世間で知られているよりも、女性に対して、酷い対応をすることを学園側は理解しているからだ。

 そんな被害に遭わないように、遭った女性を匿うために、男性に関しては、厳しい制限を課しているのだ。

 神さえ滅ぼして、神信会および世界に平和が訪れれば、男女共学にしたいと思っているし、男性に対する厳しい規制も緩和させることができる。

 ただし、男女共学にした時に、寮は、男女で分けるようにしている。男子と女子がともに共有するスペースをいくつか作ったうえであるが―…。

 スポーツ面では、最新で最先端のスポーツのための使節があり、寮があることから、スポーツに打ち込むことが可能であり、そのためにスポーツで有名な子どもの進学先に選ばれている。

 そんな学園に美愛は、普通の成績であったのだが、神力とは違う第三の分野で素晴らしい能力を持っているということで学園側から推薦されたのだ。学費無料で―…。

 その第三の分野の素晴らしい能力こそ、魔力因子である。

 そう、阿久利美愛は魔力因子を持って生まれた子である。

 美愛の両親は、そのことを知らない。美愛自身も、だ。

 そして、葉積城台学園は、全国の学校を巡り、魔力因子を持っている少女を探していた。その少女を神や神信会から保護するために―…。

 さて、話を戻す。

 美愛が歩いていると、そこに勇者とそのパーティーメンバーが現れる。


 「よう、久々だな、美愛。」


 「兄さん。」


 「元気にしているようで何よりだ。」


 美愛は、久しぶりに兄で、勇者である正義に会って喜ぶのである。

 美愛にとっては、勇者である正義は誇りであった。

 勇者は、この世界において、誰もが尊敬する称号の一つである。

 その称号を有している正義は、世界から尊敬の目で見られ、その親族は、素晴らしい人材を育てたとして敬われているのだ。

 美愛にとっては、勇者となった兄正義には会う時間や家族として過ごす時間は減ってしまったが、世界を、人類を救っているのだと考えると、兄が立派に神信会のためになっているという誇らしい気分になる。

 嬉しい気分だ。

 

 「はい、私の方も元気です。私は、これから学校なので、行ってきます。」


 美愛は、兄正義と久しぶりに会ったことに関しては、嬉しい気持ちであったが、美愛も今日は学校での授業があり、これから学校に行かないといけない。

 ゆえに、寂しい気持ちになってしまうが、正義とここで、別れないといけない。

 それでも、気持ちとしては、家に帰ったら、話をすることができるかもしれない。

 そう、勇者として、兄正義の武勇を聞きたいと思っていた。

 その話を、クラスの人たちに自慢しようとも―…。


 「学校にはもう行く必要はない、美愛。」


 正義は、急に冷たい表情になって、冷酷に美愛に向かって言う。

 それは、学校へと行かなくてもいいということであった。

 その言葉に美愛は、キョトンとする。


 「えっ…、兄さん?」


 「再会できて分かった。美愛、お前はすでに、魔王によって魔物と化していたんだな。魔力因子に取り憑かれ、すでに、侵食されている。美愛の周りには、魔力因子によって発生した渦が強くなって、それも濃い。こうなってしまえば、もうダメか。助けることはできない。だけど、まだ、しっかりと意識があるのなら、どこか人の目がないところで―…。」


 「兄さん。何を言っているのですか? 魔力因子? 何ですか?」


 兄正義には、美愛の魔力因子の渦というものが見えていた。

 それは、指令が下され、神信会日本本部に戻った時、公使である人物から渡されたものだ。

 その渡された物は、瓶に入った液体であり、中身は薬だ。

 瓶の形は、元気が出るエナジー系の飲み物が入っていそうな形をした真ん中に凹みがあり、飲み口に向かって、瓶の直径が短くなるものであった。

 その瓶の飲み口が飲み物が出ないようにしている蓋を、シュポとさせてとり、ゴクゴクと正義は飲むのであった。

 その飲み物は、周囲の人々の魔力因子を見ることができるものであった。

 さらに、公使である人物から正義はこんなことを聞かされていた。



 ―この薬を飲むと魔力因子が見えるようになる。魔力因子は、黒い渦のようにその人物の体を覆っている。ただし、顔などは確認することができるが―…。それでも、魔力因子に覆われてしまったら、もう助けることはできない。だが、理性を保っているのなら、この教会で殺したほうがいいだろう。仮にも、今日の対象は、勇者、お前の実の妹なのだからな。勇者としての威厳を損なわせないように、彼女の名誉のために、この教会で殺すのが優しさってものだろう―



 ゆえに、正義は、心の奥底で絶望するのだった。

 妹である美愛は、すでに魔力因子に覆われており、魔物と化していることを―…。

 それでも、美愛は理性を保っている。

 ゆえに、教会へと連れて行って、人知れずに美愛を殺すのが、せめてもの償いであろう。

 そして、正義は、美愛がまだ自分がどうなっているのかわかっていない。

 それでいい。それでいいんだ。と、正義は思い、無理矢理心の中で思わせながら―…。


 「美愛、これがせめてもの俺の優しさだ。」


 「えっ。」


 ゴッ!!

 美愛は、正義に首をチョップされ、気絶する。

 その意識が揺らぐ中で、正義とそのパーティーメンバーの会話が聞こえた。


 「行きましょ。」


 と、ヒーラーの女性が言う。


 「ああ。もう美愛は魔物と化してしまったのだから―…。」


 そう、最後に正義の声を美愛は聞く。


 (えっ、魔物? 私が?)


 美愛は、心の中でそう思いながら、思考もできない黒の世界へとおちていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る