第10回 世界は魔物で溢れてる(?)

 世界は魔物で溢れている。

 人類はそのことに気づいている。

 だけど、人類がその魔物たちを見ることはほとんどない。

 見ることになれば、歴史的事件として、後世に語り継がれるだろう。

 勇者という存在とともに―…。



 ◆◆◆



 剣の音がする。

 キーン、という金属音をさせながら―…。

 一方は、まるでファンタジー作品で登場する勇者のような恰好をする人物が―…。

 黄色のマントと、赤の上下の上着とズボンで、柄などもなく、赤一色で覆われており、腹部あたりには黒のベルトがされていた。

 彼の名は、阿久利あくり正義まさよし

 今代の勇者だ。

 勇者は、生きている人間の中で、特別な神力を持っている者で、かつ、神の啓示によって選ばれた者がその役職につき、称号を得るのである。

 阿久利正義は、今から五年ほど前に、前の勇者が魔王との戦いで戦死したことにより、神の啓示によって選ばれたのだ。

 その時のことを、正義が忘れるわけがない。

 阿久利家は、神信会の信者である。

 そうであろう。この世界における神信会の信者ではない人間は、人ですらないという扱いを受けることもあるのだから―…。

 さらに、世界における神信会の信者は、99.9パーセントと国際的な宗教信者の統計ではっきりと示されている。

 ゆえに、神信会を信仰しない人物は、かなりのレアものであり、ありえないのほどの貴重な存在なのだ。

 そのわずかの非神信会に属する者たちを神信会の教会組織は、邪魔な存在だと思っている。

 理由は、すべての人間は、神によって生み出されているのだから―…。

 現実には、そうなのだ。西暦2023年に世界が滅んだ後、神が新たなに人をつくり、今の人類の繁栄の礎を築いているからだ。

 その理念を神信会は信じているし、それを信じないもしくは反抗する人間の存在などあり得てはならない。

 ゆえに、そのような人を改宗させる必要があると神信会は思っている。

 さらに、反抗するものは、見せしめもしくは世界のために殺さないといけないと考えている。

 その中でも、人は魔王によって魔物にされた者もしくは生まれた時から魔物である者を討伐するのが勇者の仕事である。

 そして、勇者は、最終的に魔王を討伐し、人類に平和な世界をもたらせることを宿命づけられている。

 正義もそのことを理解しているし、勇者とはこの世界の人間(特に男の子)の誰もが一度はなってみたいと思う役職であり、称号なのだ。

 正義自身が、その役職であり、その地位に自らが就く時は、家族に祝福され、近所の人たちからも同様にされた。正義は、自分が選ばれた人間であることを自覚するようになり、自身は特別な人間であるという優越感から、人類を導かないといけないと思っている。

 今、まさにその仕事をしているのだ。

 自分の仲間とともに―…。


 「はああああああああああああああああああああ。」


 キーン。

 金属音がなる。

 正義は距離を取る。


 「しつこいな、今日の魔物は―…。」


 正義は、今、戦っている魔物に対して悪態をつく。

 魔物の強さではなく、魔物の生命力に―…。

 その魔物は、ゴキブリを二足歩行にしたようなもので、色は真っ黒であった。

 正義の周りのパーティーメンバーである仲間が、その姿に生理的不快感を抱く。

 パーティーメンバーは、正義を含めて4名だ。

 勇者のパーティーとは、伝統的に勇者を含む4人1組というのが慣例になっている。

 例外は、初代勇者で、一人でどんな魔物も倒していたというが―…。

 

 「これでも、喰らえ―――――――――――――――。光の裁き!!!」


 と、正義は、自らの武器である剣を空を突き刺すかのように上にかかげる。

 その後、剣は光輝き、周囲にあるものをすべて光で覆い尽くそうとする。

 魔物、それは、生まれた時から魔物であるものと、魔王によって生み出される生き物であり、人を襲い、殺すことを生業としている。

 人を殺せば、魔王の力が強くなるのだ。

 そうすれば、魔王の力によって造られる魔物がより強いものとなる。

 以上が、魔物に関して、世間で一般的に認知されていることである。

 このように人を殺し、魔王の力を強くしてしまえば、人類は魔物たちによって滅ぼされることになり、神は魔王によって殺されかねないのだ。

 それを防ぐのが、勇者であり、人類のため、人々の平和な暮らしのために魔物たちと戦わなければならないのだ。

 倒させねばならない。

 勿論、このような概念は、魔物の定義は多くの面で真実であるが、魔物の生業に関しては嘘でしかない。


 そして、覆いつくされた光が徐々におさまっていき、魔物がいた位置には、魔物の影すらなくなっていた。

 そう、魔物は神の力が宿った剣の光によって、消滅してしまったのだ。

 それは、魔物は神の力でしか倒すことができず、神が魔物たちの戦いに介入してしまえば、世界が消滅してしまう力を簡単に出してしまい、人類滅亡に繋がってしまう。

 それを神は望んでいない。

 今の人類は、神をほとんど多くの者が敬虔に信仰し、神の教えを守っているのだから、そんな人類を滅ぼすことは神が自身に定めた戒律に反することになるから―…。

 実際は、人類を滅ぼしても、また、神の創った人類を再度栄えさせるのに膨大な時間がかかってしまうからだ。


 「はあ―……、はあ………、今回の魔物はしぶとかった。神様にも気づかれずに、誰か人を殺したのか。クソッ!!!  俺は!!!!!」


 悔しそうにする正義。

 悔しいだろう、心の奥底から―…。

 正義という人物は、正義せいぎの心を持っており、両親からも正義の心で人生を全うして欲しいという意味を込めて、この名が付けられた。

 今の正義は、その心に恥じないように生きていると本人は思っている。

 ゆえに、悔しさを感じてしまう。

 それは、今回、魔物が強くなっており、明らかに人が殺されている可能性があるのだ。

 そうしないと、強い魔物を造ることが、魔王にはできないのだ。

 だから、殺された人を守れなかったことに正義は悲しくなるのだった。

 そんな中、パーティーメンバーのヒーラーの女性が正義の後ろにやってきて、正義の右肩にポンとさせる。


 「勇者様。あなたはよくやっています。それでも、私たちだけですべての人が救えるわけではございません。神は、きっと、勇者様に自らの弱さと悔しさを自覚して欲しいと思っているのです。その気持ちを糧にすることで、魔王を倒せるとお考えになっているのです。ゆえに、これは、神様が勇者様に与えた試練なのです。だから、この神様に与えられた試練を私たちと一緒に乗り越えましょう。勇者様。」


 「そうだぞ。勇者ならドーンと構えて、救えなかった人の分も人を救えばいいんだ。」


 「勇者に、そんな悔しそうな顔は似合いません。勇敢な姿こそ勇者のあるべき姿なのです。」


 「皆―…、ありがとう。」


 正義は、自らのパーティーメンバーに慰められるのであった。

 パーティーメンバーの誰もが勇者の実力を認めていた。

 彼らは、勇者という存在が、人類を救うとして―…。

 さらに、神から勇者を支えるように神託を受けたのだから―…。

 それほど名誉なことなど、この世界にあるだろうか―…。

 勇者をサポートすれば、神信会から一生家族が生活に困ることのない金が手に入るし、周囲の人たちからも尊敬の眼差しで見られるのだから―…。

 文句があるはずがない。

 それに、勇者が真剣に戦っている姿を見れば、そんな金銭的な、名誉的なことを抜きにしても、心の奥底から支えたいと思えるものだ。

 現に、正義のパーティーメンバーはそうなのであるから―…。

 正義のパーティーメンバーは、さっき説明したヒーラーの女性と、少なかった人の分の命を救えばいいと言ったファイターの筋肉質な男性、正義に悔しそうな顔が似合わないと言ったアーチャーの優男の以上、正義を含む4名である。

 正義は、パーティーメンバーに慰められ、元気を取り戻す。自信も―…。

 だから、正義は、感謝するのだ。

 こんな素晴らしい仲間に恵まれて、俺は幸せだ―…、と思いながら―…。


 「勇者様―――――――――――――――――。」


 正義を呼ぶ声がする。

 その声は、いつも勇者パーティーに神様および神信会からの指令を伝える者であった。

 そして、伝令役である人物は、アーチャーよりも体はしっかりしているが、それでも、勇者パーティーの男メンバーのように鍛えているわけではないから、動きに素早さを感じさせなかった。

 さらに、顔は、男性の平均顔であったために、声でしか印象が残らないのだ。

 その声質が、あまりにも甲高いのだ。女性の声ではないとギリギリほどに、完全にわかるぐらいの―…。

 伝令役の人物が勇者パーティーと手を伸ばせれば触れるぐらいまでの距離に辿り着く。


 「はあ、はあ、はあ。」


 と、伝令役の人物は息を整えるのであった。

 それは、勇者パーティーのいるところに着く前まで、ずっと教会から勇者パーティーのいる場所の近くにある場所に転位してからずっと走り続けてきたのだから―…。

 そして、勇者パーティーは、伝令役の人物が息を整え終えるのを待つのであった。

 整え終えた伝令役の人物が、神から授かった言葉を文章にして、紙にしるした命令書、それは、封筒の中に入れられているのを正義に渡してくる。


 「神様から命令です。内容は、その封筒の中の手紙に書かれています。」


 伝令役の人物が渡してきた、封筒を正義は受け取り、その場で封筒を開封する。

 その中に入っていた一枚の紙がある。

 それを正義は見る。

 そこには、何か指令が書かれていた。


 「!!!」


 正義は、書かれている指令の内容に動揺するのであった。

 そこに、書かれていた指令は―…。

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