第5回 ファンタジーな人生だけある

 「何言っているのかわからないんですが、おっさん。」


 と、俺は不精髭の四十代のおっさんを見る。


 見てないと、何か襲われそうだから―…。


 本当、嫌だな~、こういうの~。


 死んでもらうなんて―…、このきもいおじさんには、道徳的教育が必要なのではないか。


 神含めて―…、人を殺してはいけないということを―…。


 「各田十言、お前は死ぬことで神に貢献することができる。お前は幸せ者だ。それをなすのが神信会しんしんかいの一員である俺なのだから。」


 何、言っているんですか、この人。


 やっぱり、頭おかしいわ。


 さっさと逃げるに限るが、あのおっさん異様な雰囲気を醸し出しているんだよな。


 あっ、鴨だし使った料理にしようかなぁ~、明日。


 そんなことよりも、今は―…。


 「神信会って…。あの宗教か。でも、俺、あなたがたに何か迷惑をかけた覚えはないんですが―…。」


 本当に、迷惑かけてないよ。


 かけるわけないじゃんか。


 俺、神信学園の生徒だよ。


 そりゃ~、心の奥底から信仰しているわけじゃないけど、俺だって、他人に迷惑をかけないように一生懸命に必死に日々を生きているんだよ。


 それに、神信会に敵対しようとはしていないんだ。


 関わりがほぼないから―…。


 「無知とは恐ろしい。かの者は、自らが犯した罪を理解することができないようだ。神よ。私めに、あの罪人を裁くことをお許しください。そして、かの者を神、あなたのもとで清浄なる存在にならん機会を与えたまえ。死後の安住の地へと、かの者を導き給え。」


 きもいおっさんが何か、武器を取り出しているんだが―…。


 ダガー? おっさんの手のひらのだいたい二倍ぐらいの長さ、か。


 って、これって、ガチで俺―…、あのきもいおっさんに殺されようとしてないか。


 マジなほうなのか。


 ファンタジーな人生だけある~。


 「死ねぇ―――――――――――――――――――――――――――――――。」


 きもいおっさんは叫ぶ。


 俺の方へと向かいながら―…。


 やばい、やばい。避けないと!!!


 右に移動する。


 移動中に、ダガーが俺のいた位置にシュッタ、と突きのように伸びる。


 ダガーで刺すのかよ。


 いや、ダガーだから、切るのか。


 そう、俺の首筋を―…。


 ヤベェ!!!


 と、感じた俺は、きもいおっさんの方を向きながら、横に避ける。


 今度も避けられた。


 だけど、きもいおっさんの動きは速い。


 これじゃあ、こっちの方がきつくなって、いつか、攻撃を受けてしまう。


 今は、逃げるしかない。


 俺は、家へ向かって走り出すのであった。


 家にさえ、帰り着けば何とかなる。


 俺は走る。必死だ。そうりゃそうだろ。きもいおっさんの攻撃を受けたら、俺、殺されてしまうんだよ。


 「逃げるとは、罪人らしい。我ら、神の威光を恐れてのことか。だが、神は、お前を許しはしない。罪人は、神によって清浄なる存在にならないといけない。そのためには、罪人は、神に仕える神信会の者によって殺されなければならない。

 我に力を与えたまえ。罪人を神の元へ送るための力を―…。」


 俺は感じた。何かの光を―…。


 だけど、そんなことを気にしている場合ではなかった。


 逃げないと、逃げないと殺される。


 あの頭のイカれた信仰者に!!!


 だけど、感じる。


 手を頬にあてる。


 そして、頬から手を離して、見る。


 「冷や汗―…!!!」


 嫌な予感がした。


 いや、今から、起こるんだ。


 「追~い~つ~い~たぁ~♡」


 このきもいおっさんのきもい言葉にツッコむ余裕などなかった。


 俺は、きもいおっさんに殺される。


 俺の人生、詰んだ。


 この時、俺は知らなかったが、きもいおっさんは、瞬間移動のような速さで俺に追いついて、ダガーで俺の首を切り裂こうとした。それも深く。


 そんなことされたら、出血死は避けられない。


 俺は、この時、人生の走馬灯を見た。


 生まれた時。


 そして、両親に殺されそうになった時。


 それをアルケーが助けて、俺を育ててくれたこと。


 初めて料理に挑戦して、料理本と格闘したこと。


 初恋をした少女に、猫が母親であることをからかわれたこと。


 学生になった時のこと。


 そして、今にいたるまでの俺の人生を振り返ってしまう。


 酷い事や理不尽を受けたことはたくさんあった。


 だけど、俺は、それでも、優しくしてくれたり、助けてくれる人に出会うことができたんだ。


 だからこそ、俺は生きたいと願う。


 たとえ、ファンタジーな人生なら、こういう時、不思議な力に目覚めるものだって相場は決まっている。


 俺は、ずっとファンタジーな人生を送っているのだから―…。


 

 ―お前に理不尽を強いている者に、抗え。緩やかに崩壊してゆく世界の創造者とそれを教唆する者から―



 何かの声がした。


 その時、俺の周囲には、不思議な光が覆うのであった。


 まさに、ファンタジーな人生だけあるわ~。

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