大切でありふれた日常の1日【KAC20218】

ひより夢

大切でありふれた日常の1日

 3月24日水曜日、再び小学校の校門をくぐった。


 見上げれば雲ひとつない青空、校庭の隅には桜の木が数本並んで今日という日をお祝いしているように見える。


 何年ぶりだろう……遊具は撤去されたのか少なくなっており、残っているのはキレイな鉄棒と古ぼけたジャングルジムだけ。隅っこで地面と同化して見えなかったが、立派だった半分埋まったタイアはすっかり朽ち果てていた。


 フォーマルスーツに身をまとった父親たち、お洒落に気を使った母親たち。何回も子供を送り出しているような年配の婦人が自分の庭のように大声を出して冷たい視線を浴びているが、気にする様子もなく取り巻きと一緒に笑い声を響かせている。


 古ぼけた校舎は相変わらず。下駄箱の雰囲気、廊下の色、貼付物に至るまで懐かしい。あの時の先生は既に誰も居なかった。


 娘の卒業式まで時間があったので校庭をブラブラと歩いていた。ジャングルジムを落ちた記憶、逆上がりが出来なくて泣いた記憶、ドッジボールやポートボールの記憶。校庭を見回すだけでも色々なことが思い出される。


「ずいぶん小さくなったなぁ」


 朝礼台の後ろにあるバスケットゴール。男子がダンクを決めようと仲間内でワイワイやっていた。


 一角に作られた飼育スペース。鶏やウサギなどの小動物を飼っていた場所はすっかり朽ち果て閉鎖されている。


「飼育員にみんななりたがってたよなぁ」


 今あるのは昇降口前に設置された2メートル程の小屋がひとつ、中にはうさぎが2匹。そういえば娘が一匹死んじゃったって泣いてたな。


「あなたー、そろそろ時間よ」


 娘の卒業式。


 会場はあの時と変わらぬ体育館。誰が付けたのか天井の足跡とハマったボール。2階の卓球台も懐かしい……女子卓球部に好きな子がいたんだっけ……その時の感情とともに名前も蘇る。


「あの子は今頃何をしてるのかなー」


 ふと考えてしまう。校舎側の入り口からステージに向かって敷かれているレッドカーペット、ステージ前にはキレイな花が植えられたプランターが並ぶ。


 卒業式が始まると静まる館内だが、卒業生入場となるとあちらこちらからカメラの起動音やシャッター音が鳴り響く。ファインダー越しに子供を見る人、自分の目で焼き付けようとする人。


 必死にカメラを向ける親たちに寂しさを覚える。この晴れ舞台にファインダー越しでしか子供の顔を見ないことに……。自分の目で見ているのはステージ側を向いている子供の背中だけ。


 卒業証書授与……娘の名前が呼ばれると、初めてこの手に包んだ温もりを思い出す。初めて犬を飼って恐る恐るつついた娘、公園で走り回って転んで大泣きした思い出、意見の食い違いで喧嘩した思い出、思い出とステージを降りる『今』が重なった。


 保護者席から見る子供の背中、私自身があの場所に座っていたことを思い出す。

 懐かしさが時代を越えて涙となってポロリと流れる。


 当たり前に通り過ぎていく全てに『尊さ』を感じこれから進む『尊い』時間を生きていくのだ。

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