停電した日の夜、妹が「寒い」と言って俺にめちゃくちゃくっついてきた。

真木ハヌイ

停電の夜に……。

 それは一月なかばの、雪が降る寒い夜のことだった。


 妹のカナと二人で居間でテレビを見ていた俺は、停電に見舞われた。


「きゃっ!」


 突然部屋が真っ暗になり、俺の近くのソファに座っていたカナは悲鳴を上げた。テレビももちろん消えている。


「落ち着け、ただの停電だ」


 俺はスマホの画面の光を頼りに窓際に行き、外の街の様子を見てみた。明かりがついている家は一軒もなかった。やはり停電のようだ。俺の家だけブレーカーが落ちたとかじゃないらしい。


「たぶん雪と寒さのせいだな。今夜はこの冬一番の冷え込みらしいからな」


 一応、スマホで停電の状況を確認するが、まだ原因や復旧までにかかる時間などはわかってないようだった。


「え、じゃあ、電気が戻るまで暖房使えないの?」


 カナの声は心底不安そうだったが、


「そりゃあそうだろう」


 俺はこう答えるしかなかった。うちはオール電化だしな。


「大丈夫だよ。こういうのはだいたいすぐ元に戻るんだ。寒いなら、自分の部屋で布団でもかぶってりゃいいさ。家の中なんだから、それでなんとかなるだろ」


 と、言ったものの、俺も内心ちょっと不安だった。なんせ、この冬一番の冷え込みらしいからな。


「わかった。私、部屋に行くからお兄ちゃんも一緒に来て。暗いから」

「ああ、そうだな。お前、スマホねーしな」


 そう、カナはまだ中学二年生だ。高校生になるまではダメということで、親にはスマホはまだ買ってもらっていない。俺はまあ高校二年生だから、こうしてすでに持っているんだけどな。


「じゃあ、行くぞ。足元に気をつけろよ」


 俺は暗がりの中で手を伸ばしてカナの腕をつかみ、一緒にカナの部屋まで行った。


 そして、そのままベッドの上に座らせたが……そこでふと、カナは俺にもたれかかってきた。


「な、なんだよ、急に?」

「……寒い」

「あ、そうか。こっちは暖房つけてなかったもんな」


 俺はすぐにカナの肩に布団をかけた。


 だが、カナはさらに俺にもたれかかってくるのだった。


「なんだよ? まだ何かあるのかよ?」

「だって、まだ寒いもん」

「しょうがないだろ、停電なんだから」

「……暗いし」

「だから停電――」

「でもね、お兄ちゃんとこうしていると、あったかいの……」


 と、そう言うカナの声はちょっと震えていた。


 もしかしてこいつ、停電で心細くなってるのか? 普段はけっこう俺に対する当たりがきついほうなんだがな。俺は笑った。


「ね、お願い。電気が戻るまでここにいて」

「いいよ。どうせヒマだしな」

「……ありがとう、お兄ちゃん」


 カナはさらに俺に体をくっつけてきた。そのサラサラの髪が、俺の首筋にあたった。シャンプーのいい匂いもする。まあ、俺も同じシャンプー使ってるんだけどな。


「あ、そうだ。せっかくだし、私にスマホの使い方教えて」

「そうだな。こういうのは早めに覚えておいたほうがいいか」


 俺はスマホを起動させ、スマホの基本操作法やらデータ通信量節約法やらSMS認証やらについてとくとくと語ってやった。ふふ、俺のスマホ知識におののけ、妹よ!


 と、そのとき、


「ねえ、この右上の1%って赤くなってるのは何?」

「あ――」


 そう、気が付くと、俺のスマホの充電はごくわずかになっていた。


「こ、こういうときはモバイルバッテリーの出番――」


 と、言った直後、俺のスマホはお亡くなりになった。電源ボタンを押してもまったく反応なし。


 当然、部屋は真っ暗で、何も見えない。


「スマホ、使えなくなっちゃったね」


 暗闇の中でカナがくすくすと笑うのが聞こえた。


「な、何か他に明かりになるようなもんあるだろ!」

「あるかなあ? どっちにしろ今は暗くて探せないと思うけど?」

「う……」


 言われてみれば、確かに。


「で、でも、大丈夫だ! どうせ停電はすぐ復旧するから!」

「すぐじゃなかったらどうするの?」

「そ、それはそのう……」

「こんなに暗いと、私、トイレにも行けないよ?」

「それはそのう、我慢しよう?」

「ここでしちゃうかも?」

「そ、それだけはダメだから!」

「……冗談だよ。お兄ちゃんってばバッカみたい」


 と、カナはまたくすくすと笑った。くそう、なんだか俺ってば、さっきから兄として醜態をさらしてばっかりだな。


「……わかってるよ。お兄ちゃんが大丈夫って言うんだから、たぶんそうなんでしょ? 頼りないお兄ちゃんだけど、今日は特別に信じてあげる」

「今日は特別ってなんだよ、普段から俺を信じろっての」

「えー、それは無理ー」


 と、ちょっと生意気に答えるものの、カナはよりいっそう俺に体をくっつけてくるのだった。中学二年生だから、もうそれなりに女の体をしているんだが。


「そんなに寒いか?」

「うん」

「……まさかお前、熱とか寒気とかあるのか?」

「だいじょうぶ。別に私、風邪じゃないよ」

「そうか、よかった」


 ただ純粋に寒いだけなんだな。暖房使えないしなあ。


「……あ、風邪っていえば、子供のころ、お兄ちゃんが風邪ひいている私のためにおかゆ作ってくれたことがあったよね。今日みたいに、お父さんもお母さんもたまたま家にいなくて」

「ああ、そんなことあったな」


 八年ぐらい前の話だったかな?


「お前、あれあんまり食わなかっただろ。子供心にまずいおかゆ作っちまったかなって思って、軽くショックだったんだぜ、俺?」

「ううん、そんなことないよ。あんまり食べられなかったのは、風邪のせい。あのおかゆ、すごくおいしかったよ。だって、お兄ちゃんが私のために作ってくれたおかゆだもん」

「そ、そうか?」


 なんだか急に照れくさくなってくる。たかがおかゆなのになあ。


「あと、あの後、私すぐに寝ちゃったでしょ。だからお兄ちゃんに言えなかったと思うの」

「何を?」

「……ありがとう、って」

「お、おう……」


 またさらに照れくさくなってくる。こういう不意打ちの直球やめてくれないかな。


「べ、別にそれぐらいきょうだいなら普通のことだろ!」

「ううん。普通でもそうじゃなくても、私すごいうれしかった。それに、今だって……」

「今?」

「今、こうして私と一緒にいてくれるから。そ、その、ありがとう、お兄ちゃん……」


 と、俺の懐の中で震える声で言うカナだった。その胸から、少し早まった鼓動が伝わってきた。

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停電した日の夜、妹が「寒い」と言って俺にめちゃくちゃくっついてきた。 真木ハヌイ @magihanui2020

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