カエルの解剖

常陸乃ひかる

ある男の末路

『○〇○ちゃんと〇○○さんの絡み、マジ尊すぎてしんどいかよ』

 昨今のオタクども、の、心底気持ちのが、悪い! と思い続けて、早、数年。

 私は古風なオタク。だ。

 きっと、十年前の私、キショイと思われてたあに違いない? あぁ、あぶなみ。

 まんじ、まんじ。こわ。こわ。

 え? 今、私、の意識が朦朧として、どうして、こんな文句を、ぶちまけているかというと? 目の前の尊いと云うわざるをえない姿、ふたつもあるからであって、

 キャーとおとい!


   ◇ ◇ ◇


 は小さな町の、小さな小学校のクラスメイトで、両親が多忙という類似した境遇から、自然と友達になった。ふたりは互いを『ウサギちゃん』、『カエルさん』と呼び合い、学校が終わるとカエルさんの家でお人形遊びをするのが日課だった。

 最近ハマっているのは、お医者さんごっこである。その時によって医者と患者を交代して、切ったり、縫ったり、包帯を巻いたりして遊んでいる。

「いたいいたい。うでをけがしちゃった。カエルのおいしゃさん、みてください!」

 ウサギのパペット人形を右手につけた女の子が、悲しそうに言った。

「まあたいへん、このままではなおりません。しゅじゅちゅ――しゅじゅつします」

 カエルのパペット人形を左手につけた女の子が、大仰に言った。

「――あははは!」

 元気なウサギちゃん。静かなカエルさん。

 ふたりとも舌足らずで、自分が演じる役に恥ずかしさを感じながらも、小さな口を大きく開けて笑い合っている。

「はやくはやく! なおしてください」

 小さい腕を横にして、ウサギのパペットが、大きいベッドの上で寝ているように見せる。

「なおします。ますいはしません。おっきなしゅじゅ――つなので、しません」

 指を器用に動かして、カエルのパペットが両腕で治療しているように見せる。

 ふたりの人形さばきは、子供にしては大したものである。それこそ、本当に手術をしているかのようだった。

「はい、なおりました」

「すごーい! いたくなかった!」

「おーわり。ウサギちゃん、こんどはべつのかんじゃさんであそびましょ」

「カエルさん、ちがうおにんぎょうもってるの?」

「うん、こっちこっち。こっちよ、ウサギちゃん」

 カエルさんはウサギちゃんの手を取り、大きな家の、大きな廊下を移動して、何部屋か隣の大きな部屋に移動した。

 そこはひどく薄暗く、大きなベッドが一台、ドンと中央に置かれている以外に、装飾品は見当たらない。小さな窓がひとつあるが、カーテンがかかっていて、四隅が鋲で留められているため、光は入ってこない。

 カエルさんが電気をつけると、大きなシャンデリアによって、明度の低いオレンジの光が部屋をぼんやりと照らし、ふたつのおっきな影を床に作った。


 ベッドの上には、服を剥がされた状態で、手足を拘束された中年男性が、大きなビール腹を天井に向け、目を半分開けて、首だけを動かし、ふたりのやり取りを眺めている。薬でも打たれているのだろうか。散漫とした目線は爬虫類の索敵だ。

「にんげんの、かんじゃさん! おなかが大きいからびょうきみたい! それにね、へんなこともブツブツいってるの。オタク? とーとい? このひと、カエルさんのしりあいのオジサン?」

「うーん? パパのしりあい? っていってた」

「カエルさんのパパのしりあい! あれ? こないだのオジサンとちがうよ!」

「でもね、オジサンだから……いっしょにあそんでくれる人だよ。きっと」

 ウサギちゃんとカエルさんにとって、顔も体格も声も違う人間でも、『オジサン』という括りはすべて、お人形遊びに付き合ってくれるお友達なのである。


「ねえ、にんげん! カエルさんは、しじゅち――しじゅつ、がとくいだから、あんしんしてね!」

「アタシがしゅじ……しゅじゅつ、します。えっへん」

 カエルさんは小さな胸を軽くポンと叩いたあと、枕元に置かれた大きな文具ケースのファスナーを開け、ごちゃごちゃと文房具が詰まった中からハサミを取り出すと、器用に左手のパペットに握らせた。

 時間の余白はなく、男の腹部の皮をつまむと、開いたハサミをあてがい、ジョキジョキと音を立てて、いびつに裁断していった。

「へんないろ! きいろ! ぐちゃぐちゃしてる!」

 中身が見えるとウサギちゃんが叫んだ。

「びょうきなの。いっぱい、とっちゃいましょう」

 医者役のカエルさんは、冷静を装いながら作業を続けた。

「うげー」


 ――その後、三人のお医者さんごっこは、緑色のカエルが、赤いカエルになるまで続いた。小さな黒目をギョロギョロさせていた中年男性は、次第に意識を失ってしまったが、なぜか口元は幸せそうだった。

「オジサンわらってる! とーとい、ってずっといってる!」

「ウサギちゃん、とうといってなに?」

「しらない――あ、やっぱりしってる! おとなのことばです、エッヘン!」

「アタシ、そんなことばつかいたくない。なんかバカみたい」


   ◇ ◇ ◇


 ――大きな声、小さな声。がする。

 痛みが、なにか、感じない。きっと夢か夢だ、なのだろう。

 天井に顔、壁に顔、オレンジの顔。

 あ、ちっちゃな女の子の、尊いすぎな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カエルの解剖 常陸乃ひかる @consan123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ