第11話 清めの泉
ソフィアの着付けが完了すると、先ほどの女性神僕の他の神僕も加わり、清めの泉に向かう。着替えをした部屋を出るとマリは別の部屋へ向かうように案内される。エドワードも同じように別の場所へ案内されたようで、姿が見えない。不安そうにこちらを見るマリに小さく頷いて見せれば、観念したようにソフィアから離れておとなしく案内に従う。
(まあ、同じように他国から来た二人も私と同じように“穢れてる”って言われないわけがないわよね。わかってはいたけれど、二人には嫌な思いをさせてしまうわね。)
ソフィアは、多く従者を連れてこなかったことがここでいい方向に働いたと内心で安心しながら、先導の神僕たちについていく。しばらく歩くと重そうな石でできた扉が現れた。
男性の神僕が二人で力を合わせて扉に力をこめると、ギギギ……と重そうな音を立てながら、開く。
中には白く輝く自然石の空間がある。きれいに整えられた部屋ではなくもともとあった洞窟に扉を付けただけのようだ。
その洞窟に入っていくと、青く輝く泉が目の前に現れた。光が入るような窓もないのに、目の前の泉はきらきらと輝いている。
「皇女殿下、こちらが清めの泉となります。こちらの工程は、国内から皇后陛下を迎えられる場合には必要ないのですが……。」
「ええ、わかっているわ。」
(とことん、嫌みを言いたいようね。)
小さな嫌味を流して、早く説明を続けるように神僕の方をじっと見る。
「そ、それではこちらの泉に日が沈むまでつかっていただきます。ずっとつかり続けるのではなく、一定の時間つかりましたら、あちらの神の葉にて入れた茶をのんでいただきます。」
「わかったわ。それでは始めましょう。」
その言葉を聞くと、神僕とは別の神官がどこからともなく古代神聖語で祝詞を上げ始める。
その祝詞が終わると、こちらに手が差し出される。
その手をとりゆっくりと泉に足をつける。冷たいと思っていた泉は案外温かさがあった。そのまま首までつかる。その瞬間、体をゆっくりとあたたかなもので包まれた。お風呂に入っている感覚とも違う。体の重さや緊張が少しずつ泉に溶け出すような感覚だった。
(気持ちいい。特別な泉ということに変わりはないのね。)
その感覚に思わずリラックスしていると、神官から声をかけられる。
「皇女殿下、一度あがっていただき神の葉の茶をお飲みください。」
体の水分をぬぐい、神僕が準備している椅子に座る。すかさず目の前にお茶を差し出される。
(これを飲めと……。泉につかる方がましだわ。)
差し出されたお茶は深い緑色をしていた。皇国で日常的に飲まれている緑茶のように透き通った緑ではなく濁り、いかにもな色をしていた。その匂いも緑臭さのなかになぜか酸っぱいような匂いを漂わせていた。
ただこれは嫌がらせというわけではなく、体を清めるために神職の者たちが特別な儀式を行う前に飲む飲み物である。ソフィアは、事前にその情報を持っていたため、覚悟はしていたが、実際に見てみるとその見た目と匂いに少し、躊躇してしまう。
「ささ、皇女殿下。ゆっくりでかまいませんので、こちらを一杯お飲みください。」
「ええ、ありがとう。」
受け取り恐る恐る口をつける。
(これは、一気に飲んだ方が身のためかしら。)
ソフィアは味を感じないように一気に飲み込む。その瞬間、口から喉にかけて広がる不快感に思わずソフィアはせき込みそうになるが、根性で抑える。
横で待っている神官に空になった器をわたし、また泉につかるところから始める。
そしてこの工程を日が沈むまで繰り返した。
最後のお茶を飲みほすと、神官がまた祝詞をあげ、神僕たちが近づいてくる。
「皇女殿下、これにて清めの泉での儀式を終了いたします。これより、女神さまへのご挨拶及び初代神皇陛下へのご挨拶に向かっていただきます。そちらに向かう前に、お召替えをお願いいたします。」
(やっと終わった。さすがに少し疲れたわね。)
その疲れを顔に出さないで、先導の神僕についていく。最初に着替えを行った部屋につくとマリがすでに待機していた。マリの後ろにエドワードも控えている。
「殿下!」
マリは、いつもの落ち着きをどこにやったのかと思うような様子でソフィアのもとへ駆け寄ってきた。その後ろをマリに出遅れたというような様子でエドワードも駆け寄ってくる。
「もう、マリ。そんなに心配せずとも問題ないわ。」
「はい、承知しておりますが。これほど殿下のおそばを離れたことがなく……。」
そういいながら、ソフィアの体に異常がないか素早く確認するマリの後ろで、エドワードも深く同意するようにうなずいている。
(自分たちも大変だったろうに、私の心配をしてくれるのね。この国では、私ができる限りこのものたちの盾になろう。)
再会を喜んでいるソフィアたちの後ろから咳払いが聞こえ、そちらを振り返ると、新しい服を持った神僕がたっていた。
「あら、待たせてしまったわね。」
「いえ、問題ございません。皇女殿下、こちらの服がこれより行う儀式にて着用していただく“神謁服”となります。こちらの着付けを行いますので、ご準備お願いいたします。」
「ええ、わかったわ。マリ、この服を脱がせてくれる。エドワードは、いったん部屋の外で待っていてね。」
「かしこまりました殿下。」
エドワードは部屋の外に待機し、マリはそそくさとソフィアの服を脱がせにかかる。皇国の服は着付けには少しコツがいるが、脱がせるのはそれほど難しくない。すべて脱ぎ終わると、女性神僕が“神謁服”をもって近づいてくる。
まずは皇国式の下着を身にまとい、その上から内着とよばれる装飾のない服を着つけられる。その上に外着と呼ばれる刺繍などの装飾が施されているものを着付けられる。白の布地に白と銀の糸で刺繍を施されており、パッと見るとシンプルだが、よく見ると手の込んだ服であることがわかる。
(これが有名な“神謁服”ね。美しいわ。)
この服は、帝国でも美しい衣装として数少ない皇国の情報の中でも有名なものだったのだ。その美しい衣服を身にまとい、この世界を創造したといわれる女神そしてこの国を作った初代神皇への謁見を行う。この謁見が完了すれば、ついに夫となる神皇との初対面が待っている。
(これが終われば、本格的な戦いのはじまりということかしら。)
ソフィアは、ついに戦いが始まるという予感に思わずかすかに口の端を上げてしまう。
神皇陛下と鉄血皇女 貝柱 帆立 @kai-hotate
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