第10話 儀式

しばらく揺られているとわずかな振動とともに馬車が止まった。

移動中は、車窓から街の様子でも見ようかとソフィアは考えていたが、馬車は外の光がかすかに透ける程度しか見えない御簾がかけられており、外の様子を伺うなど不可能であった。


(まったく……。ちょっとでも御簾に手をかけようものならすごい剣幕でにらまれるなんて……。そんなにも私を国民に見せたくないのか、それとも、私に町の様子を見せたくないのかしら。)


そんな様子だったので、ソフィアは馬車に揺られる間、かすかに透ける光を眺めることしかできない。


(これからはまず“清めの儀式”ね。神皇に会えるのは明日かしら。)


このあとソフィアは、清めの神殿に向かい一晩かけて清められる。この儀式は、皇后であれば行われる儀式であるが、他国から来たソフィアはより汚れているとのことで、さらにいくつかの工程が加えられた。そのため、昼過ぎに始まり日付が変わる頃に終わる。


(まったく、つくづく他国の人間を見下しているのね。)


ソフィアは、車中でためらいなく汚れているから長く清めるという主旨を説明され、表情には出さないものの内心でため息をつく。それはマリも同じようだ。


穏やかとは言えない空気の馬車は町中をぬけてしばらく行くとゆっくりと馬車が停まる。すると、一緒に乗っていた神僕がおもむろに立ち上がり。外に出ていく。


「皇女殿下、浄化の神殿に到着いたしました。」


すかさずエスコートをするため駆け寄ってきたエドワードの手を取り、馬車を降りると目の前には森の中にひっそりとたたずむ質素だが美しい神殿があった。


(無駄なものをそぎ落とした美しさね。)


ソフィアは、好みの外観にいくらか気分が上がる。

神殿の外観を興味深く眺めているソフィアに神僕から声がかけられる。


「皇女殿下、まずはこちらの“神儀衣”に着替えていただきます。」


そう言って差し出されたものは、なんの装飾もない真っ白で緩やかなラインの衣服だった。日に透けるような薄い生地を何層にも重ね、透けることがないようになっているようだ。


マリがその衣を受け取り、女性の神僕が案内に従い更衣室へと向かう。着替えはマリ一人に任せたかったが、独特な衣だったため女性神僕に着付けをしてもらうことになった。


「それでは皇女殿下、そちらの服をお脱ぎください。私はそちらの服に触れることは承りかねますので、ご自分でお脱ぎいただければと思います。」


「……っ。」


無礼な言い草に、マリが思わず息をのむ。


「……そう。かまわないわ。マリ、お願い。」

「はい。」


なにも言わないソフィアに驚きつつも、マリはソフィアのドレスを脱がしていく。

そんなマリの顔には、神僕には見えないように悔しそうな表情が浮かんでいる。


ソフィアのが下着もすべて脱ぎ、何もまとわぬ姿になると、神僕の顔がわずかにゆがめられる。


「下品な……。」


耳を澄ませないと聞こえない程度の声だっただろうが、着付けのために距離が近づいていたソフィアには、はっきりと聞こえた。


ソフィアは、心の中で何度目かのため息をつく。

皇国内では、ほとんどの女性はなだらかな体格で小柄な少女のような容姿の者が多い、そのためソフィアのような豊満な体を見慣れていないのだろう。それでも、いくら思ったとしてもそれを口に出してしまうその迂闊さにあきれる。

さすがに2回続けての無礼を見逃すほどソフィアはお人よしのお姫様ではない。


「皇国の神僕というものたちは、もう少し分別を持って動くものたちだと思っていたけれど、買い被りだったかしら。」


ソフィアの冷めた一言に、ピクリと神僕が反応する。冷静に反応されるとは思っていなかったのだろう。あわよくば、ここで怒り狂った皇女に害されたとして、評判を地まで落とそうという魂胆だったのかもしれない。


「大変失礼いたしました。」


不本意そうに一言そう謝り、神僕は着付けを再開する。


(かわいらしいものね。私が実際に怒り狂わなくても、“怒り狂ったように”見せればいいだけなのに、それはしないのね。)


優秀なものたちなのだろうが、根本的にソフィアを見下しているため詰めが甘くなっているのだろう。


そのようなひと悶着がありながらも、着付けが完了した。

ついにこれから半日にも及ぶ清めの儀式が開始する。

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