第9話 皇国上陸
次の日も朝食を終えると皇国の事を聞く予定だったが前日にほとんど終わってしまったため、リシャが準備してくれた皇国で人気の物語などを読んでゆっくり過ごす。
今日のお昼には皇国の港に到着する。船内では、夕食以来直接的な嘲りを受けることはなくなっていた。皇国側の使用人はソフィアに対して冷たく、必要最低限の対応しかしない。わかりやすく表情には出すことはないが嫌々ということが伝わってくる。
伝わってきたところで、ソフィアはそんなに細かいことまで指摘すれば、狭量だという悪評が広まりかねないし、この程度であれば見逃したとしても帝国の不利益にはならない。ということで、ソフィアは対応の悪い皇国の使用人たちを横目に比較的優雅に過ごせている。
ただこれが皇国に到着した後も続くはわからない。この船の使用人たちはさすがにそれなりの身分の者だろうが、皇女であり皇后となるソフィアにわかりやすくたてつけるほど度胸があるものもいなかったのだろう。
(個々の使用人たちに底抜けのお馬鹿さんはいないということね。ただ、皇国についたらどうなるか。)
皇国国内にはいくら皇后となるものとは言え、他国の皇女だと見下す貴族もいるだろうし、箱入りで大事に育てられ、現実がみえない令嬢や令息もいるだろう。ここ以上にわかりやすく、そして、より陰湿な悪意を向けられることは確実だ。
ふとソフィアが本から目をあげ、窓の外を見やると太陽はすっかり高く上がり昼に近づいていることを示していた。
(もうすぐ到着かしら。)
ソフィアは、陸でも見えないかと窓際に歩み寄る。天気が良く空気が澄んでいたこともあり、ソフィアが目を凝らすとはるか遠くに陸のようなものが見えた。
(あれは、皇国かしら……。)
ソフィアが、だんだん近づく陸を窓から眺めていると扉をたたく音が聞こえる。入室の許可を与えるとリシャが入ってくる。
「皇女殿下、あと1時間と半分ほどで港に到着いたします。」
「あら、そうなのね。では、ここから見えているあそこが皇国でよいのかしら。」
「はい。あちらに見える陸は神皇陛下のおわす第1の国ございます。」
「……そう。楽しみだわ。」
「それでは下船のご準備をお願いいたします。」
「ええ。」
ソフィアは、リシャが退室したあと睨むように皇国の第1の国を見る。その後ろでは、マリが荷造りをしており、エドワードも手伝いをしていた。
「殿下、下船しましたらしばらく馬車の移動になります。お召替えをいたしましょう。」
「ありがとう、マリ。」
マリの言葉にソフィアは窓を離れる。
その後しばらくたつとまた扉を叩く音が聞こえる。
「皇女殿下、あと10分ほどで港に着きます。」
「あら、そう。ありがとう。」
「着岸する際、少々揺れますので念のためお立ちならないようにお願いいたします。」
そういわれるとソフィアは深く座り。マリ達にも椅子に座るように指示をする。そうしてしばらくすると、何かにぶつかるような衝撃を感じた。ついに神聖リュシオル皇国に到着したようだ。
強大な帝国の皇女の輿入れとは思えないほどの少ない人数の護衛と侍女を従え、そして、皇国側の歓迎の迎えもいない港にソフィアが下りたつ。
「……予想以上に歓迎されていないようね。」
「殿下……。」
マリは、悲し気な声でソフィアに声をかける。
ソフィアは、その声に気づかないふりをしながらずいぶん遠くに見える皇宮を戦場の適地を見るがごとく見つめていた。
すると、カタカタとかすかに音を立て、4匹の葦毛の馬が牽く白色に赤いラインの馬車がソフィアの前に停まる。
(このタイミングで到着するなんて……。ただ迎えに来ただけという感じね。)
中から神官のような男が下りてくる。
いつの間にかソフィアの斜め後ろに控えていたリシャがソフィアに声をかける。
「皇女殿下、あちらの者たちは、神僕と呼ばれる神皇陛下や神族(神皇家)の方々の身の回りの世話や補佐をされている者たちでございます。」
「そう。ありがとう」
(神僕……。名前は聞いていたけど、異様な雰囲気ね……。)
船に共に乗っていた皇国の者たちは、確かに帝国のものたちと比べると世間離れした雰囲気は持ってはいたが、それでも同じ人間だと感じることができた。
しかし、今ソフィアの元で近づいてくる“神僕”と呼ばれるものたちは、さらに人間味をそぎ落とし、美しさだけを濃縮させたような異様さを持っていた。
(美しいものたちだわ。美しい……けれど、人間の温かみなんて感じられない。)
そんなことをソフィアが考えているうちにその者たちはソフィアの目の前にきていた。
感情の読めない顔をしながら神僕たちは目礼をする。
「ソフィア皇女殿下、ようこそおいでくださいました。我々は皇国での皇女殿下の補助をさせていただきます神僕でございます。なんなりとお申し付けください。」
口調と言葉だけは礼を尽くしてくれるようだとソフィアは思わず関心してしまった。
「そう、慣れぬ土地ゆえにあなたたちには苦労させるかもしれないけど、よろしくね。私を“助ける”ために優秀なものたちを選んでくださった方に感謝しないとね。どなたのご采配なのかしら。」
ソフィアは、あくまでにこやかに問いかける。
(私を陥れたいならば私の近くで怪しまれずに動けるこの地位に自分の息のかかったものを送り込むはず……、多少の手がかりがあれば、万が一のときに動きやすい。)
そんなソフィアの腹芸に気づかずに神僕はしゃべりだす。
「それは、我が神皇陛下が勅選された筆頭神僕様よりお選びいただきました。」
(さすがに名前までいうことはしないようね。筆頭神僕は、この国に15人はいたはず…。)
「その方に感謝を伝えて頂戴。“皇后”ソフィアは、あなたの働きに感銘をうけた。と」
皇后という部分をいくらか強調していうと、これまでかたくなに“皇女”と呼び続けていた皇国の面々がわずかに顔をゆがませる。唯一リシャのみは無表情のままだったが。
一瞬の沈黙を破るように神僕が声をあげた。
「それでは、こちらで“皇女殿下”をこれ以上待たせするわけにはいきませんので、移動を開始いたしましょう。」
(意地でも。結婚式までは皇后と呼ぶ気はないみたいね。それとも皇后になれないとでも思っているのかしら。)
ソフィアの考えは、いやな考えほど当たりやすい傾向にあった。それに、ここまで感情が表に出るようなものたちであればソフィアでなくともわかるだろう。
当たらなければよいのにとわずかな望みを持ちながら、ソフィアは皇国の馬車に乗り込み神殿へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます