第19話 『てえてえ』




「だからさ、女は出るところ確り出てるほうが良いんだよ。パキラ嬢のようにな」




 ペディランサスの誕生日パーティー、その片隅で一団となった独身魔族達。その中にあって声を荒げたのはスライムのポトスであった。日頃ダンジョン医として尊敬を集める彼であるが、今日は酒が入っているせいもあってか一段と口調が荒くなっている。




「馬鹿げたことを。そのようなものは不要なのだ。なめらかなラインこそが至高であり、すなわち姫こそがそれを体現している」




 対するは、ガーゴイルのアロエである。かつて眠らぬ看守として姫に挑むが撃沈した彼は、いつしか姫の信奉者へと鞍替えしていた。声を発することなどめったにない彼が、今日は饒舌となっているのも場の空気のせいか、はたまた姫への思いゆえか。




 ダンジョンの主のための宴とあって、料理に酒は良いものが並べられている。旨い酒に、うまい飯、男所帯の《だいちのくびれ》においても宴も半ばともなれば話題に上がるのは当然女の話であった。 




 ダンジョン医のポトスと、看守アロエの周りには、多くの魔物達が集まり。自然と、その派閥を形成していた。すなわち、ボンキュッボンを愛する大艦巨砲主義者と「貧しきを憂えず」の意味を履き違えた愚かな儒学者たちであった。




「そもそも、大きいものを愛するのは世の常だ。山は大きいほど尊敬され、河は大きいほど土に実りを与える。乳や尻とて同じことだ。大きければ大きいほど、その包容力は増し、すなわち愛が増すのだ。考えてみろよ、パキラ嬢のその豊満な胸、その愛に包まれる矮小な己のことを。小さいのが悪いとは思わん。だってその小ささは、いまだ未成熟なだけであって、豊かになっていく過程にすぎないからな。だが、その小ささを愛するお前の気持ち悪さと言ったら。育ち切る前の果実を収穫する、愚か者と轡を並べていると思うと吐き気がするぜ」




「ポトス殿は勘違いをしておられる。私は、そのラインの美しさを讃えているのであって大きさなど関心ないのです。生物の体というのは、実に機能的にできています。無駄なものなど一切なく、全てが生きるため、種を存続させるために何らかの役割を与えられたパーツで構成されている。その徹底的な機能性重視の中にあって生まれる、美しいボディライン。それは、機能美を超えた神の与えたもうた芸術性と言っても過言ではない。できることなら私は、羽虫になりたい。そして姫の肩から神に祈りを捧げ飛び降りるのです。そうして、捕まる物などいっさいないそのボディラインをなぞり、遂には地面に叩きつけられ果ててしまいたい」




「いったい、何の話をしているのだ」




 食堂の中で、一際の盛り上がりを見せる卓に近寄ってきたのはペディランサスとトックリである。




「ペディランサスの旦那。ぜひにも、ご意見を伺いたい」




「パキラ嬢か、姫か。ペド様は、どちらに軍配をあげられる」




「……どうして我に、どちらかを選ぶことなどできようか。だが、それでは貴様らも落ち着かんであろう。ならば、我が意を幾ばくか晒そう」




 魔物たちが、ごくりと唾を呑みこんだ。




「我は、その方向性こそ違えど、類まれなる美しさをもった二人が共に寄り添い合う姿こそ至宝であると思う」




 魔物たちの視点が、一斉に姫とパキラ嬢に向いた。かの二人は、食堂の反対側のスペースで料理長ブルーアイ手製のスイーツに舌鼓を打っているところだ。ふとサンデリアーナの頬についた生クリームを、パキラ嬢が手づからふき取った。その瞬間、ペディランサスの考えが、魔物たちが持ち得なかった「てえてえ」という概念が、一滴の波紋となって魔物達へと広がっていく。なかには、その画期的な思想に涙するものすらあった。




「……な、なるほど。ペディランサス様の仰ることはもっともだ」




「これほど美しいものが世にあっただろうか(いや、ない)」




「ヤックデカルチャー」




 魔物たちが新たな目覚めを迎える中、ただ一人、トックリだけが理解及ばず首をかしげている。




「トックリ殿。あまり難しく考えられるな」




「そうだぜ、トックリの旦那。ようは仲良しが素晴らしいってことさ」




「なるほど。そういうことか」




 ようやく、納得がいったのかトックリが硬い表情を崩した。そして、その足を姫とパキラのほうへと向けた。その歩みに、いっさいの迷いはなく、あまりの自然さに魔物たちの誰一人としてそれを止めることができなかった。




 二人の下へとたどり着いたトックリ。その巨体が作る影に気付いた姫とパキラが、トックリを見上げた。




「私も混ぜてくれ」




 一瞬の沈黙の後、怒り狂った魔物たちがトックリへと殺到した。驚く姫とパキラ、戸惑いながらも襲い来る魔物達を悉く退けるトックリ。真っ先にトックリへととびかかったポトスとアロエは、白目をむいて地に臥せっている。




 荒れ狂う食堂を、ペディランサスは慈しむように眺めた。今日、このように穏やかな日が永遠に続けばいいのに。だが、その微かな願いは無機質なブザー音によってかき消されてしまう。




 長く甲高く続くその警報が示すのは、王国軍の襲来を示すものであった。


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姫なのに脱獄王!? ~ダンジョン主のドラゴンは、脱獄スキルMAX姫に頭を悩ますようです~ ふっくん◆CItYBDS.l2 @hukkunn

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