第18話 『不穏なダンジョン』
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魔族領と人間領の境目、ダンジョン《大地のくびれ》。その主である大銀龍ペディランサスは、ここしばらくの間ダンジョン内に蔓延る不穏な空気を感じ取っていた。
側近であるトックリを筆頭に、魔物たちはどこか浮足立って落ち着きがない様子だ。しかしながら、声をかけても皆一様にペディランサスに素っ気ない態度をとるものだから不安は募るばかりであった。
異様なのは魔物達だけではない。仮死薬事件以降、牢獄の自由な出入りを許された王国第一皇女サンデリアーナ=ドラセナは、その権利を頻繁に行使し牢獄から出ている。だが、どうにも様子を伺うにその行先は購買に限ったものではないようであった。
食糧庫や、物置部屋、宿直室などダンジョン内のあらゆるところで姫を目撃したという報告があがっている。本来であれば咎めるべきことであろうが、姫の事情をある程度知った身としては帰る場所のない姫がダンジョンからの脱獄をはかるとは到底思えず、そのままにしている。
加えて言えば、姫の世話役として張り付いているパキラ嬢。彼女は、姫を慮る気持ちを持ちながらも魔王軍の忠実なしもべの一員としてよく働いてくれている。その彼女が、姫の行動を容認している以上、上司であるペディランサスとしては、それを見守るしかないという事情もあった。
魔王軍随一の知将と呼ばれる自身の下、完全なる統制が取れていたはずのダンジョンで、今自身の考えが及ばないことが起きようとしている。その不安に、ペディランサスは心を乱していた。
どうしてこうなったのか。いや、心当たりはある。それは、ペディランサスがその身に宿したの破滅願望であろう。長という立場を忘れ、自身の願望の身を追い求めた先の勇者襲来。姫の懇願もあり、思い直したもののそのあるまじき行為に部下たちはあきれ果ててしまったのだ。
ペディランサスは、自身の浅はかさを強く猛省していた。ダンジョンとは、運命共同体。いわば家族である。であるならば、自身は父として家を守るのがその役目。その責から逃れることなど、あってはならぬ。
そして、我ら《大地のくびれ》は今日、新たな家族を迎え入れた。それは、王国を逃れてきた姫である。もしこのダンジョンが陥落すれば、彼女は再び王国にて囚われの身となってしまう。あのように幼き少女を、そのような不遇に落としてはならぬ。彼女もまた、ダンジョンの、家族の一員として父ペディランサスの庇護のもと幸せに育ってもらわねば。
みなには、頭を下げよう。自身の愚かな願望を明らかにし、同じ過ちを犯さぬよう詫びるのだ。ペディランサスが決意を新たにした丁度その時、トックリが竜の間に入ってきた。その表情からは緊張が伺える。
「ペディランサス様、皆が食堂に集まっております」
「……そうか」
最早、考えを改めるには遅すぎたのかもしれぬとペディランサスは悔いた。トックリの様子を伺うに魔物たちは行動に打って出たのだろう。それはすなわち謀反。いや、魔王城に我の失態を報告し解任を求めたのかもしれぬ。何にしても、我は仲間たちに誠心誠意をもって詫びるのみだ。
トックリに誘われ、食堂へとに呼び出されるペディランサス。その目に飛び込んできたのは、想像の及ばぬ光景であった。
「お誕生日おめでとうございまーす!」
食堂には、ダンジョン内に勤めるほぼすべての魔物が集っていた。そして華やかに飾り付けられた食堂に、並べられた豪勢な料理の数々。そして出迎えの言葉。
これが、俗にいう誕生日会であることは明らかであった。
「しかし、なぜまた?」
長き年月を生きる魔物達にとって、1年という期間はあまりに短い。故に、年毎に誕生を祝うといった習慣はないのだ。だから知識として、そういうものがあることは知っていても誰もやろうと思いつきもしない。
「人間界では毎年家族で祝うそうですよ」とトックリ。
「ということは……」
食堂に目を配ると、隅にサンデリアーナの姿が見えた。企画をしたのは間違いない、人間である彼女であろう。そうか、ダンジョン内を頻繁にうろついていたのもこの会を開くためか。
ペディランサスの頬が緩む。そうか、彼女もまた我を家族として受け入れてくれているということか。ならばよかろう。勇者と戦い伏したドラゴンではなく、姫と共に生きたドラゴンとして名を馳せるのも悪くはない。
多くの魔物たちの拍手に囲まれながら、その中心へとペディランサスは歩みを進めたのであった。
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