第192話 サクラとアカツキ

「アルさん、待たせてしまってごめんなさいね」

「いえ、お気になさらず」


 暫くして落ち着いたサクラとアカツキにお茶を渡す。

 テント前に作った焚火で火の粉がパチパチと音を立てていた。アカツキたちが落ち着くのを待つ間、アルとブランは焚火を囲んで待っていたのだ。

 空いていたスペースに並んで腰かけた二人は、大泣きした余韻を残しながらも喜びに溢れた様子だった。


「遅ればせながら、ご挨拶申し上げます。サクラ様、お帰りなさいませ。この時点を持って、アカツキ様が所有している管理塔命令権の順位を繰り下げます。命令権第一位は代表者サクラ様です。ご随意にお使いくださいませ」


 静かに立って待っていたニイが、ようやく口を挟めると言わんばかりの勢いで語りだし、深々と頭を下げる。その姿にはサクラへの敬意が窺えた。

 サクラが僅かに目を細め、ニイを見つめる。複雑な感情がその目に過った気がした。


「……留守番、ご苦労様。管理塔の確認はまだしていないけど、何か問題はあった?」

「一部システムに異常がありましたが、既に修復しております。ですが、アカツキ様のご命令にて、現在この空間と外部空間が接続している状態です。これを継続した場合、空間に異常が生じる可能性があります」

「外部空間?」


 サクラの不思議そうな目がアカツキに向かう。気まずそうに頬を搔いたアカツキが、視線を逸らしながら口を開いた。


「いや、あのね? 俺、実は、しばらくちっこい姿だったわけでね?」

「ああ、小動物バージョン」

「ちょ、アルさん!? 桜に説明したんですか!?」

「しました」

『したな。バッチリと』


 しどろもどろなアカツキの言葉は、サクラにあっさりと受け入れられた。その前提を作ったのはアルだが、なぜアカツキにそれを責められるのか分からず首を傾げる。

 頭を抱えたアカツキが、悲鳴を上げながら悶えだした。


「うがあぁあ! 妹に! 小動物プレイを知られるとは! 兄として、一生の恥!」

「プレイ? って、つき兄、実はそれが性癖だったって言いたいの?」

「ちぃがぁうぅー!」


 サクラが揶揄混じりに顔を覗き込むと、アカツキが勢いよく天を仰いで叫んだ。夜の森に大声が響き、どこかで鳥が飛び立つ音がする。

 アルは耳を塞いでいた手を下ろしながら苦笑した。その横を白い残像が走る。アルが止める隙も無い速度だ。


『うるさいっ! この大馬鹿粗忽者!』

「グヘッ!」

「あら……つき兄はなかなかバイオレンスな日常だったみたいね」


 ブランの飛び蹴りを食らったアカツキが、ベンチから転げ落ちて呻いた。それを助けるでもなく、サクラが面白そうに眺めている。さっきまで感動的な再会をしておいて、意外とドライな態度だ。


「ブラン、状況が混乱するから落ち着いて。戻っておいで」

『……ふぅ、仕方あるまい』


 憤懣やるかたない様を隠さないまま戻って来るブランの頭を撫でる。サクラに視線を向けると、小さく首を傾げられた。すっかりニイの話を忘れているらしい。


「サクラさん、アカツキさんのダンジョンは接続したままで大丈夫ですか?」

「ああ、そうだったわ。……そうねぇ、大丈夫かと聞かれたら、まあ、大丈夫じゃないと思うんだけど」

「え……?」

「……え!? ダメだったのか!? でも、小動物に戻るのは嫌だぁああっ! 桜、助けて!」


 吞気な雰囲気に相反することを言うサクラに少し呆然としてしまったが、勢いよく起き上がったアカツキがサクラの膝に縋り付いて嘆きだすのを見て、現実に引き戻された。

 兄の威厳なんて全くない姿を見せるアカツキに、思わず顔が引き攣る。さっき「兄としての恥」なんて言っていたのに、その態度はアカツキ的に許容できるものなのだろうか。


『うるさい……』

「ブラン、抑えて」


 両手で耳を塞ぎながらアカツキを睨むブランの体を抱える。これで、飛び出そうとしてもすぐに押さえられるはずだ。ブランの速度に対応できるかは、少し自信がないが。


「つき兄……相変わらずね……長い時の中で、成長はなかったのかな?」

「……ぐすん。俺、成長してるもん。してるはずだもん」

「男がもんとか言わない」


 アルがブランの様子にハラハラしている間にも、兄妹の会話は流れるように続いていた。その様子から、アカツキの威厳のない態度は昔からだったと知れる。


「空間の接続については、とりあえず継続しましょ。長期に渡らなければ問題ないはず。その間につき兄の呪縛が解ければ問題なし」

「おおっ! そうしよ、そうしよ! 俺の呪縛が解ければ一挙解決! ……って、でも、結局俺の呪縛ってなんなんだ? 俺たち、どうしてこんな世界にいるんだ?」

「え、その記憶もまだ思い出せてないの……?」


 サクラが面倒くさそうに目を眇めた。その視線を受けたアカツキが、シクシクと泣き真似をする。同情を誘うつもりのようだが、あいにくこの場でそれを真に受ける者はいなかった。


「感情分析……ほぼ嘘です。特別な対処は必要ないと判断します」

「世は無情!」


 ニイにまで見放されたアカツキが、天を仰いで嘆いた。アルは腕に力を込める。ブランの飛び出しは防げた。アカツキは感謝してほしい。


『こいつ、うるさすぎだろう!』

「はいはい。もうちょっと我慢してようね」


 暴れるブランから意識を逸らさないまま、サクラに視線を送る。アカツキはまだほとんど記憶を取り戻せていないようだし、アルも知りたいことは多い。だから、面倒くさがらずに説明してもらいたいのだ。

 アルの視線を受けたサクラが、真面目な表情で姿勢を正した。


「私は十分に説明してもらったから状況は理解できているけれど。アルさんたちはちゃんと知りたいよね。うん、最初からお話します。長い話になるけど大丈夫? つーいーでーに! つき兄も、ちゃんと頭に叩きこんでよね!」

「俺に対してだけ、当たりが強いのはなぜ……? でも、これが懐かしく感じて嬉しくなってきた……。くふふ……。妹というのは、存在そのものが至高なのだ……」


 遠い眼差しで頬を緩ませるアカツキに、サクラが軽蔑の目を向けた。アカツキの変な性癖が開花されている気がするのだが、止めるべきただろうか。アルはブランを止めるのに、既に手一杯なので、アカツキ一人で踏み止まってほしいのだが。


「はあ……、にやけた兄はおいておくとして、まずは私たちがこの世界に来たところから話しましょう」


 疲れた息をつくサクラにチョコレートを渡す。甘味は疲労回復効果が抜群なのだ。驚いた顔で受け取ったサクラが、じっくりと観察した後に口に放り込む。複雑な表情で首を傾げつつ、甘味を味わっていた。


「――異世界産チョコレート、侮りがたし。私もパティシエとしてチョコレートは作れるけど、だいぶ難しいのに。というか、この地以外で外にカカオとかあったかな? なんか、特殊製造の気配が漂っているんだけれど」

「チョコレートの材料はアカツキさんが創造して提供してくれましたよ」


 何が引っ掛かっているのか分からず、ありのままを答えると、サクラの表情が一変した。鋭い眼差しでアカツキを見据え、重低音の声を放つ。


「……なぁにやっとじゃ、このボケ兄!」

「ひえっ! なんで急に怒ったの!?」


 肩を強く揺さぶられたアカツキが、状況を理解できない様子で仰天している。その様を意に介さず、サクラの怒声が続いた。


「確かに便利よ!? 色々な物を創造できるのは便利だけど! 物事には対価ってものが必要なのよ! まさか、魔力だけだとか思ってた!? 残念っ、そんな甘い考えは捨てちゃいな! ただでさえ罰を受けた状態なのに、この馬鹿兄は何をしてるのかなぁああ!?」

「ええぇえっ!? なんか、よく分かんないけど、ごめんっ! これからは気をつけるっ!」

「分からないまま謝るな! それで何に気をつけるつもりだぁああっ!」

「うがっ――」


 揺さぶられ過ぎて、そろそろアカツキの意識が落ちそうだ。アルは腕の中のブランを抱きしめた。今回は動きを妨げるためではない。サクラの変貌が少し恐ろしかったからだ。


「なんというか……感情の表出加減が、意外と兄妹似ているね」

『うるさいという点では同じだな。……アル、引いているのは分かったから、腕の力緩めろ。そろそろ我の内臓が飛び出るぞ』

「え、汚い」

『……アル、最期の言葉はそれでいいか?』

「ごめんなさい」


 冷たい目を向けられて、ゆっくりと力を抜いた。実際に負傷するほど弱くないくせに、ブランは心が狭い。



ーーーーーー

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