近衛騎士、尊いに出会う

足袋旅

カクヨムコン 8題目 尊い

 王家を守護する近衛騎士の隊員として日々鍛錬に明け暮れる私に、ある日一つの命令が下った。

 先日お生まれになった姫様の専属近衛騎士になれとのお達しだ。

 隊員同士の間で誰が選ばれるかと最近の話題だったこともあり、驚きはない。

 王と王妃専属の騎士以外であれば、誰しもにその可能性があったからだ。


 今日はその職務に就く前段階となる日のさらに前日夜のこと。

 私同様、姫様の専属となる者たちとの顔合わせが明日に迫り、今日は引っ越しの予定となっている。

 引っ越しといっても大きなものではない。

 そもそも近衛騎士はいついかなる時も王家の方々をお守りするため城内に居室をいただいている。

 なので部屋の移動をするだけであり、さらに私物も少ないので僅かな時間で引っ越しの準備は終わる。


「姫様の護衛、しっかりな」


「ん」


 同室だった仲間からの言葉に頷き、部屋を出た。

 鞄と剣を手に新たな部屋の前に着きノックをすると中から返事があった。

 既に新たな同居人は着いていたようだ。

 ドアノブを回し、中に入ると知った顔があった。


「やあテイラー。今日から同部屋になるね。よろしく」


「ん」


 挨拶を交わし部屋へと入る。


「相変わらずテイラーは喋らないなぁ」


 机に鞄を置いたところで同居人のノアルが話しかけてきた。その声に負の感情は無い。彼とは歳も近く、また近衛になった年も近いから気安い仲だ。


「おかげで部屋に帰ってくればゆっくり休めそうだ。メルヒムと同部屋だったから本当にうるさくてね。悪い奴ではないんだけどね」


「ん」


 この通りだ。私が口下手だというのも知っているし、馬鹿にしたりもしない。


「明日は顔合わせだ。といっても大体の面子めんつは既に知れているんだけどな。だからきっとすぐに隊の編成とか任務体制の話になるんだろうな」


「ん」


「だよな。真面目な話になるし会議の途中で寝ないように、さっさと飯食って寝たほうが良さそうだ」


「ん」


「じゃあ早速食堂行こうぜ」


「ん」


 ノアルの提案に乗って、その日は早く就寝することとなった。

 そして翌日。

 姫様の専属近衛騎士隊用にと宛がわれた会議室へと、ノアルと共に向かった。

 朝の鍛錬がないのも久しぶりで、どことなく落ち着かない。


「落ち着かない様子だなテイラー。どうした緊張してるのか」


「ん」


「なんだ、違うのか」


「ん」


「ああ、鍛錬がなかったからか。真面目だなぁ」


 なんて話しているうちにすぐに目的地へと着いた。

 扉を開けて中へ入ると、席が半分ほど埋まっていた。

 丁度いい時間に来たのかもしれない。

 空いている席に座って待っていると予定の時間よりも早く席は埋まり、そして隊長がやって来た。


「今日からカーレス様の専属近衛騎士となった者たちの中に遅刻するような愚か者がいなくて、隊を預かる身として一安心だ。だが慣れとは恐ろしいもので、今はいいが日々を過ごす中で油断や緩みが出ないとも限らない。専属となった者にそのような怠慢は許されない。任務、鍛錬共にこれまでよりも一層気を引き締め当たるように心がけよ。いいな」


「「「「「はっ!」」」」」


 声が合わさり大音声となって、部屋が震えた。

 皆気迫に満ちている。勿論私もだ。


「良し。ではこれより任務の打ち合わせ、任務体制の取り決めといく予定ではあったが、諸君らに朗報だ。王妃様が我らに謁見の機会を下さるそうだ。その場にはカーレス様もいらっしゃる。我らがカーレス様を守護するに値する勇壮な近衛であると認めて頂こうではないか」


 急遽知らされた謁見の機会に皆浮足立つ。

 守護する機会はあれども直接お言葉を戴けるかもしれない謁見ともなれば、そんな機会は滅多に訪れない。

 近衛ともなれば身だしなみにも気を遣う。

 今この時も十分気を配ってはいるが、更に乱れが無いかを入念に確認した。

 その後謁見の場へと赴く。

 場所は王妃様の私室。

 王妃様の専属近衛でなくば入れなかった空間。カーレス様の守護をすることになったこれからは私たちも訪れることが増えるだろう。


「カーレス様専属近衛隊二十名、謁見の機会を授かりまかり越しました」


 王妃様専属近衛隊が守護する扉の前で隊長が到着を告げる。

 許可が下りて扉が開かれる。当然通路にて私たちは膝を着いて頭を垂れて御言葉を待つ。


「顔を上げて。私に娘を守る者たちの顔を見せてちょうだい」


 部屋の中からお言葉が掛かる。

 ゆったりとした喋り方で、王族でありながらも高圧的な様子は微塵も感じられない王妃様のお言葉を受け、私たちは顔を上げた。


「まあまあまあ、みなさんたくさん鍛えていらっしゃるのがよく分かるわ。いつもありがとうね。さあさ、立ち上がってお部屋に入って」


「有難きお言葉痛み入ります。お言葉に甘え、入室させて頂きます」


「はいどうぞ。みなさん大きいから窮屈に感じないといいけれど」


 隊長が代表して言葉を交わし、私たちは部屋へと入った。


「ちょっと待っててね。パーナ、カーレスは起きているかしら」


「はい、お目覚めですよ」


 乳母らしきメイドが室内に置かれたベビーベッドを覗いて答えた。


「良かったわ。寝ていたら流石に起こすのはねえ。よっこいしょっと」


 王妃様がベビーベッドに歩み寄り、カーレス様を抱き上げて、あやしながら元いた椅子まで戻られた。


「はい。この子がカーレスちゃんよ。あなたを守ってくれる方々に挨拶してあげて」


 全てが柔らかそうな赤子であらせられるカーレス様ががこちらをまじまじと見つめてくる。

 お可愛らしいそのお姿にふつふつと庇護欲が湧いてくる。そしてお守りしなければという使命感もだ。


「はい。じゃあ一人づつ私の前に来てもらえるかしら」


「よろしいのですか」


「ええ、皆さんが護衛任務に就く前に来てもらったことにもちゃんと理由があってのことなのよ。まだ幼いけれど、いえ幼いからこそかしら。相性のいい人が近くで守ってくれた方が良いとは思わない?だから一人づつカーレスちゃんを抱っこして相性を見たいのよ」


「抱っこですか」


「ええ、そう」


 隊長も、そして私たちも狼狽える。

 カーレス様を抱っこするだなんて予想もしていなかった。

 そもそも私たちが触れて良いのかという疑問も浮かぶが、それを提案されているのは王妃様だ。


「畏まりました。ご命令とあれば従います。ただお願いがございます」


「なにかしら」


「抱っこをさせて頂く前に、抱き方のコツなどがあればご教授願いたいのです。なにぶん訓練に明け暮れる武骨者ばかり故」


「それは私よりもパーナの方が詳しいわね。彼らに教えてあげて」


「畏まりました。ではみなさん、まずは……」


 パーナさんに教えを受け、私たちは順番にカーレス様を抱っこさせて頂く運びとなった。

 一人づつ前に出ていく。

 流石に王妃様に触れては不敬だということでパーナさんがカーレス様を抱っこしており、皆おっかなびっくりと普段では考えられないような腰の引け具合でカーレス様を受け取っていく。

 かくいう私も順番が近づくにつれ緊張がいや増していき、手も膝も震えてきた。

 普段から無口で無愛想な自分だ。自分の事だから重々理解している。

 そんな私が赤子を抱いて泣かせないなんてあるはずがない。

 以前幼い頃の事であるが、赤子を抱っこした経験がある。その時は大泣きされたものだ。

 今回もそうに違いない。

 今のところ抱っこして泣かれた隊員はいない。

 自分だけが泣かれた場合、専属近衛を除隊させられることになるのではないかとの不安も芽生えてきた。


 そして順番が巡ってくる。


「そんな緊張なさらないで。怖い顔をされていますよ」


 パーナさんに注意を受けたため、顔を手で強引にもみほぐす。

 だが緊張がほぐれた訳ではないため、どうしたって顔が強張る。


「力は抜いて、優しくお願いしますね」


 更なる注意を受けつつ、手汗を拭って慎重にカーレス様を受け取った。

 腕の中に温かな体温を感じる。

 目線が合う。

 じっと見つめ合っていると、不意にカーレス様が笑顔を浮かべられた。

 呆気にとられる。まさかだった。絶対に泣かせてしまうと思っていた。

 安堵と喜びの感情が滾々と湧いてきて止まらない。


 名残惜しくもいつまでも抱いているわけにはいかないため、パーナさんの腕へとカーレス様を返した。

 その折、カーレス様がぐずられ、私へと腕を伸ばされた。

 この手を取っていいのか、目線で問い掛ける。


「指をお貸しください」


 言われるままに人差し指をカーレス様のお手へと触れさせる。

 案外と力が籠められ、しっかり指を掴まれた。

 その瞬間、


 このお方を何があろうと、命尽きるまで守り通す。


 そんな決意が心に浮かび、この方に仕えることができることを神に感謝した。


「どうやらカーレスちゃんの一番のお気に入りはあなたのようね」


「有難く存じます」


 敬礼と言葉を以って王妃様へと言葉を返した。

 王妃様の横でなにやら信じられないものを見たような阿呆面をさらしている隊長に訝しさを感じつつ踵を返すと、待機していた皆も一様に隊長と同様の表情を浮かべてこちらを見ていた。

 なにか今の間で起きたのだろうか。

 疑問は浮かべど今最も重要なのは、残りの隊員がカーレス様を万が一にも取り落したりしないものかということ。もしもそんなことが起これ即座に叩き伏せる。そんな気迫を込めて注視した。


 無事全員が抱っこし終え、御前を辞すこととなった。

 その帰り道、皆と私との合間に距離があるように感じられた。

 これではいけない。カーレス様を守るにあたって、隊員同士での不和があってはよろしくない。

 会議室に着くなり、私は挙手をして隊長に発言の許可を求めた。


「なんだ、テイラー」


「先ほどから私と皆の間に距離を感じます。どのような要因に依るものかはっきりさせたく思います」


「分からんか?」


「何がでありましょうか、隊長殿」


「お前が流暢に喋ってるからだ。それと先ほどは今までに一度として見たことのない笑顔を浮かべていたから皆が困惑しているのだ」


「そういえば私、普通に喋れていますね。吃音が酷くてあまり発言をしないようにしていたのですが、治ったのでしょうか。それに私が笑顔を……まさかこれはカーレス様の祝福?どうしましょうか隊長殿。カーレス様は女神様、もしくはその化身かもしれません」


「良し!皆カーレスを拘束しろ。城の常駐医師に診せる」


「なにをするんだ。私はなんともない!」



 無理矢理医務室へと運ばれたが、医師から問題なしとの太鼓判を戴いた。

 だというのに暫くは皆との間に距離ができたが、これまで無口で無愛想だった私が普通に接することができるようになったこともあり関係は次第に改善した。

 さらに鍛錬を重ねカーレス様の剣となり盾となるため日々精進していると、国一番の称号を得るまでに成った。

 これも全てはいと尊きカーレス様のおかげである。


 カーレス様、万歳!

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