9話 邪竜の契約者

 黒に近い、濃い紫色の髪を持つ竜人の少女、メイ。

 彼女曰く、自分の本体はあんな小さな子供の姿ではなく、山のように大きな竜なのだとか。

 日が昇らぬくらき世界の中で、自分が最も強大な力を持つ生物であったとメイは語る。

 親はなく、気が付いたらそこに在った。

 ただ気が赴くままに大地を闊歩し、時には飛び、何にも縛られることなく自由に生きていたらしい。

 

 快も不快もない、何も変化のない日常。

 だが、そんな彼女の生き方に水を差す出来事が発生した。

 それはまるで首輪をかけられた犬のように、凄まじい力で引っ張られ、自らの巨体を飲み込むほどの巨大な穴に吸い込まれていく。

 しばらくの間意識が飛んでしまっていたが、次に気が付くと、彼女は青と白に染まった空の下にいた。

 足下では幾多の怒号と叫び声が響き渡る騒々しい光景が広がっており、皆自分の姿を見てひどく驚いている様子だった。

 

 そこで彼女ははじめて、人間という生物を目の当たりにした。

 なんと小さく脆弱な生き物か。一歩踏み出せば豆粒のように何人も潰れてしまうだろう。

 そのくせ、自分に向かって攻撃を仕掛けようとしてくる者すらいたことに哀れみすら覚えた。

 だというのに、どうやら自分をこの眩しき世界へと呼び出したのは、目の前に浮遊する一人の人間の少女らしい。

 いったいこの人間は自分に何を望むのか。何が目的で呼び出したのか。


 黄金色に輝く髪と、煌びやかな槍を携えたその少女が、魂の抜けた虚ろな表情でこちらを見ている。

 よく見るとその目からは大粒の涙が流れており、服装はボロボロで、他の人間よりも明らかに様子がおかしい。


「――しまえ」


 それは彼女からしたらハエが飛ぶ音のようなかすかな声。

 だが、その声は確かに彼女の耳に届いた。



「――こわれて、しまえ」


 彼女はその声を聴いて、何を言っているのだろう、と思った。

 否、意味は分かる。それは破壊を望む声だ。

 だが、不思議と彼女はその声から意識を逸らすことが出来なかった。


「ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ――こわれてしまええええええええっっっっ!!!」


 大気が震えるような絶叫。狂った叫び声が木霊する。

 その言葉が耳に届いた瞬間、己の意に反して、巨竜は天高く咆哮した。

 少女もまた、槍を天高く掲げると、瞬く間に空は黒い雲に覆われる。

 雷雲だ。黄金に輝く光の線が無数に降り注ぎ、足下の人間を焼き尽くしていく。

 

 巨竜は激しい雷鳴と共に、大地を激しく蹴り上げ、勢いよく飛翔した。

 それと同時に、契約者となった少女が自身の背に乗った。

 まるで重さを感じないほど小さき存在。だが確かにそこに在る。

 

 少女は望んだのだ。自らに、目に映る全てを破壊せよと。

 彼女は、その声に応えることにした。応えなければならなかった。

 忌々しいことに、あの眩い光を放つ槍のせいで、少女の言葉に逆らうことが出来なかったのだ。


 それからの記憶は曖昧だ。確かに言えるのは、生まれて初めて、自らの意思で攻撃を仕掛けた。

 何故か不思議と体が重く感じたが、豆粒のような人間を蹂躙するのに時間はかからなかった。

 本能の赴くままに破壊の限りを尽くし、少女の意思のままに暴れまわった。

 しかし、そんな時間もついに終わりを迎えることになった。


「――鎮まれ。忌まわしき邪竜よ」


 またも、耳障りな声が頭に響いた。

 気が付けば自身の体は、どこからともなく表れた無数の巨大鎖によって縛り付けられていた。

 前を向いて見れば、大きな杖を構えた老人がこちらを睨みつけていた。

 自らの動きを制限されたのは生まれて初めてだ。

 それを酷く不快に思い、鎖を引きちぎろうと力の限り暴れた。

 だが、それもすべて無駄に終わり、段々と意識が闇に堕ちていくのを感じた。


「今はまだ、お前が暴れる時ではない。いずれ来るその日まで、眠るがいい」

 

 そして、抗議の声を上げることすらできずに、巨竜は地の底へと落ちていった。

 確かに背中に乗っていたはずの少女の感覚も失い、何もない白き闇に包まれる。


「――覚えてるのは、ここまで。次に目が覚めた時、ぼくの前に契約者――エセルはいなかった。だから探しに行った」

「わたしが、あなたを呼んで、破壊の限りを尽くした……?」

「エセルはすぐに見つかった。でも、エセルはぼくのことを拒絶した。あなたとは一緒にはいられないって。でも、ぼくは元の場所に帰る方法を知らないから、無理やり連れていこうとした。そして気づいたら変な森にいた。そして何故かぼくはちっちゃくなって、エセルもぼくのこと覚えてなかった」

「そんな事があったんだね……」

「――信じられません。わたしに、そんな事があったなんて」


 エセルは今の話で酷く衝撃を受けたようで、厳しい表情をしていた。

 クロムは何と声をかけたらよいのか困りながらも、倒れそうになったエセルを支えた。

 ルフランは黙って話を聞き、自身の中で整理を付けているようだ。

 

「――それで、次は何を壊せばいいの? 何を壊したら、ぼくを元の世界に返してくれるの?」


 メイは、眉一つ動かすことなく、その美しく整った無機質な顔で問いかけた。

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持ち主を呪い殺す妖刀と一緒に追放されたけど、何故か使いこなして最強になってしまった件 あかね @akanenovel1

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