8話 メイ
「……ごちそうさま」
「お粗末さまでした、って言えばいいの?」
「まりょく、おいしかった。おかげさまでしゃべれるくらいまでかいふくした」
「僕から魔力を吸い上げていたの? おかしいな、僕には魔力なんてないはずなんだけど」
「……? まだまだいっぱいのこってる。できればぜんぶほしい」
ようやく首筋から離れてくれた小竜だが、妙なことを言い出したのでクロムは首を傾げた。
自分には魔力なんて一切ない。魔力があればよかったのになと思ったことは当然何度もあるが。
そして小竜は次の獲物を見つけたのか、クロムの腰に提げてある妖刀の傍へと寄った。
「これ、すごくおいしそう。たべていい?」
「ええっ!? だ、ダメだよ! それは僕の大事な武器なんだから」
「えー……まあいいや。くろむからおなじまりょくすえるから」
「ああ、妖力のことを魔力って呼んでるのか。そう言うことなら納得したよ」
「よーりょく? なにそれ」
「この妖刀が持ってる不思議な力のことだよ」
「ふーん……へんなの」
イマイチ納得がいってない様子だが、小竜は妖刀を諦めてクロムの正面に移動した。
そして食事を終えたエセルとルフランの二人がこちらにやってきて、興味深そうに小竜を観察し始めた。
「この子、喋れたの?」
「すくなくともわたしと一緒にいた時はキュウとしか鳴かなかったと思いますが……」
「ううっ……まぶしいまりょく、きらい……」
「あっ……もうっ、露骨にあたしを避けるのやめてよね」
「眩しい魔力……? どういう意味なのでしょうか」
「聞いたことない表現だからわからないなぁ」
やはりルフランのことは苦手なようで、彼女が近づくとすぐにクロムの背に隠れてしまった。
確かにルフランは膨大な魔力量を誇る優秀な魔法使いだが、何故妖力を好むくせに魔力を嫌うのだろうか。
そういう性質の竜だと言われてしまえば納得するしかないのだが……
「まあいいや、ところでキミ、名前とかってあるの?」
「なまえ?」
「うん。名前。人間の言葉を喋れる種族なら親に付けられた名前とかあるのかなって」
「うーん……よくわからないけど、みんなはぼくのこと
「めーりゅーしん……? なんというか、変わった名前だね」
「ふーん……言いにくいからメイとかでいいんじゃない? その方が呼びやすいし」
「あれ。もしかしてルフラン、怒ってる?」
「怒ってない」
「メイでいいよ。ぼくのなまえ」
「いいの!?」
どこか不服そうなルフランによってメイと名付けられた小竜は、今度はクロムの肩に乗って頷いた。
心なしか少し大きくなり、重さが増した気がする。
「大体あなたオスなの? メスなの?」
「わからない」
「分からないって……自分の性別よ?」
「きにしたことない」
「そ、そう……人間なら見た目ですぐわかるけど、竜の性別の見分け方なんて分からないわね」
「もうすこしまりょくくれれば、にんげんのすがたになれるよ?」
「えっ?」
「にんげんのからだのしくみ、わかったから」
「……随分簡単そうに言ってるけど、結構とんでもないこと言ってる自覚あるのかしら」
「というわけで、いただきます」
「あ、ちょっ……まあ別にいいけどさ」
またもメイによる食事タイムが始まってしまった。
なんだかんだただ妖力を吸いたいだけではないのかと思ってしまうが、もし人間の姿になれるのだとしたらそれはそれで興味があるので、今は自由にやらせてあげることにした。
心なしか吸い上げる力が先ほどよりも強い気がして落ち着かなかったが、5分ほど経ってようやく満足が行ったようで離れてくれた。
「ん……ごちそうさま。今のところはこれで十分」
「おお、ちょっと喋り方が流暢になってる」
「成長してる、ってことかしら」
「不思議ですね……」
「じゃあ人間の姿になるね」
そう言うと、メイは自身の体から妖力と同じような色の光を放ち、それらで自身の体を包み込んだ。
そして紫色の球体が出来上がり、次の瞬間、それが一気に弾け飛んだ。
慌てて目を覆うが、すぐに光は晴れる。
そしてそこに立っていたのは……
「ん……こんな感じでいい?」
まず視界に入ったのは、白みがかった肌色。
紫色の尻尾、そして後ろに伸びた立派な角が特徴的な一糸纏わぬ少女の姿がそこにあった。
「って、なんで裸なの!?」
「ちょっ、やっぱり女の子じゃない! クロム!」
「わ、分かってるって!」
「エセル! 鞄から服出すから着せるの手伝って!」
「は、はい! すぐに!」
「……? なにを慌ててるの?」
状況が全く理解できていない様子のメイだったが、クロムは両手で視界を覆い、その間にルフランとエセルの手によって彼女に服が取り付けられていった。
しばらくしてオッケーのサインが出たのでクロムが手を離すと、そこには与えられた服を引っ張りながら不思議そうな表情をするメイがいた。
サイズが合わない上に着慣れていないせいか、とても落ち着かない様子だ。
「とりあえずこれでいいわね。町に着いたらちゃんとサイズが合う奴買ってあげるからそれまで我慢して」
「……分かった。でも服くらい魔力で作れるよ?」
「あらそうなの? そんな魔法聞いたことないけど、それが出来るなら最初からそうしてよね」
「服、邪魔だからいらないって思って」
「ダメ! 人間の姿になるなら裸は禁止! 分かった!?」
「めんどくさい……」
人間の姿にこそなったものの、感性は竜のままらしく、裸であることに特に羞恥心を覚えている様子はない。
だが、同じ空間にいる以上、彼女が服を着ない状態でいられると逆にこちらが落ち着かないので、こればかりは約束してもらう必要があるだろう。
思わぬ形ではあったが、結局同行者がもう一人増えてしまう事になってしまった。
「あ、あの! せっかく喋れるようになったなら一つ聞きたかったのですが」
「ん、なに?」
「どうしてあの時――わたしが目を覚ました時、アナタはあそこにいたんですか? あの深い霧の中でわたしのこと、見つけてくれたんですよね?」
「ん……」
エセルが問いかけると、メイは少し困ったように首を傾げた。
そしてしばらく思考した後に、口を開く。
「わからない。ぼくも目が覚めた時、あそこにいた。でも、エセルをあのへんなところから連れ出したのはぼくだよ。あんまりよく覚えてないけど」
「ええっ!? あなたがわたしを?」
「うん。だってエセルはぼくの契約者だもん。名前は今日はじめて知ったけど」
「そ、そうなんですか!?」
「うん。その槍がぼくとの繋がりの証。それがないとぼくの力、扱えない」
あっさりと新事実を言ってのけるメイと、驚きと動揺を隠せないエセル。
メイは記憶を失う前の彼女と契約を交わしていたということになるのだろうが、だとすれば名前すら知らなかったのは妙だ。
いったいどういう関係だったのか、疑問は深まるばかりだ。
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