魔女集会



 少々太めの子猫だったミョールは、それから三年の時を経て結構太めの巨大な猫になった。その体長はおおよそ中型犬と同程度ある。そしてミョールに師事して三年、十歳になったわたしも立派な魔女になっていた。パチンと指を鳴らすと、そこから虹色のキラキラが出現するのだ。


 日課の修練を終えた私は窓から外を見やり、雲の合間から美しい三日月が姿を見せたの確認し、部屋へ行って黒のワンピースに着替え、庭の箒木ホウキギで作った箒を手にした。今日は集会の日である。


「ミョール、いこう」

「ぬぅん」


 声をかけると、ミョールは太い声でゆったり鳴いた。少し尻尾を上げて、リビングの窓に取り付けられた猫用の出入り口から庭へ出てゆく。


「えっ、まってよ、玄関からいこうよ」

「ぬうぅん」


 窓の外でミョールが振り返り、「早くしろ」とばかりに尾の先だけを振ってみせる。わたしは勝手な師に小さなため息をつくと、玄関へ走って緑のスニーカーを履いた。本当は靴も踵の高いツヤツヤした黒いものがふさわしいのだが、これの他にはひまわりの造花がついた黄色いサンダルしか持っていないので仕方ない。


 外へ出ると、ミョールは既に集会場へ向かって歩き始めていた。「ちょっと、まってよ!」と言いながら追いかけると、一瞬立ち止まり、振り向かずに尻尾だけで返事をする。


 五分程度歩いたところで、公園に着いた。夜なので子供達の姿はないが、既に何人かの魔女が到着していた。わたしはいつも通り一番左のブランコに腰掛け、ミョールがその足元に寝そべった。


 各々黒い服を身につけた魔女達は、ベンチやジャングルジム、シーソーなどに腰掛けて、じっと公園の様子を伺っていた。わたしとあまり歳の変わらないような子もいれば、髪の長いお姉さん、白髪のおばあさん、少ないが男の人もいた。それぞれ猫を連れているが、おばあさんの連れてくる白い猫がいつも一番高い場所、つまり滑り台の上に鎮座している。彼女がここの支配者なのだ。ミョールの方が体はずっと大きいが、まだ若く、新参者扱いなのである。


 魔女達は――男の人は「魔法使い」と言った方が良いのだろうか――一言も喋らず、夜の公園の闇に紛れるように公園内に点在し、互いをじっと観察していた。そうやって、恐らくは、お互いの力関係を把握しているのだと思う。わたしがこの集会に参加できるようになったのはごく最近なので、まだ実態を把握し切れていない。


 わたしは次第に退屈してきて、右手の指を華麗に鳴らすと虹色の光を出した。暗いところで見ると実に綺麗なのだ。それに、自分の魔法を他の魔女達に見せてやりたいという気持ちも少しだけある。パチン、パチンと連続して光らせていると、ミョールが馬鹿にするように「ぬっ」と鳴いた。


「……ねえ」


 その時、後ろから声をかけられてわたしは驚愕のあまり飛び上がった。この集会で誰かに話しかけられるのは初めてだ。ブランコの鎖がガチャンガチャンと揺れて、魔女達が一斉にこちらを見る。


「な、なに」


 振り返ると、いつも向こうの木の枝の上に座っている魔法使いの男の子だった。近くで見ると背が高くて、六年生くらいのお兄さんに見える。肌が白くて髪が茶色い。


「それ……」


 お兄さんがわたしの手元を指さした。わたしは途端に得意になって指を鳴らし、彼に光を見せてやった。


「すごいでしょ」と夜の静寂を乱さぬよう小声で言う。

「うん……あのさ」とお兄さんが囁く。


「なに?」

「指、鳴らすのってさ……親指と人差し指じゃなくて、親指と中指だよ」


 お兄さんはそう言ってわたしの目の前に左手を出し、親指と中指の先端を合わせてパチンと鳴らした。鈍い音しか出ない私のそれと違って、テレビで見る手品師がやっているような本物の「パチン」だ。


「すごい! もっかいやって!」


 わたしは感動して目を丸くし、お兄さんの指をまじまじと見た。お兄さんはなぜか恥ずかしそうに唇を一度噛んでから、もう一度「パチン」をやってくれた。真似をして親指と中指を合わせ、鳴らす。やはり――認めたくはないが、こうして彼と比べると――肌の擦れ合う「スッ」しか聞こえない。


 眉を寄せながら、これも毎日の修練に加えねばと考えていると、お兄さんが更に小さな囁き声になって言った。


「あのさ……名前、教えて」

「ウミ」


 言ってしまってから、もしかして魔女は相手に真の名前を教えてはならなかったかもしれないと思ったが、言ってしまったものは仕方がないので、余裕たっぷりに微笑んでみせた。街頭の明かりに照らされたお兄さんの頬がぱあっと赤くなる。ふふ、わたしの美しさにあてられたのね。


「ウミ……俺、イツキ」

「イツキ」

「樹木の樹って書いてイツキ

「……まだ習ってない」

「何年生?」

「四年」

「そっか」


 イツキがふっと大人っぽい顔で微笑み、そして背後から助走して飛んできた子猫に背中へしがみつかれ「痛っ!」と悲鳴を上げた。子猫はバリバリと爪を立てながら彼の肩に登り、得意げにニャァと鳴いた。青い目をした灰色の猫だ。


「ルーナ、痛いよ」

「ミャッ」


 可愛らしい声で鳴く子猫を見上げ、ミョールが「ぬぅーん」と鳴いた。やれやれ、これだから子猫は……といった顔である。


「じゃ……また」


 痛そうに背中をさすりながらイツキが言った。わたしも「じゃあ」と返す。彼はいつもの枝の上に戻り、わたしもいつものブランコにしっかり座り直した。集まっていた魔女達の視線がばらけてゆく。


 それから三十分くらいして、集会はお開きになった。特に何か終わりの挨拶があるわけでもなく、それぞれがなんとなく自分のタイミングで帰ってゆく。わたしもミョールが腰を上げたのに合わせて公園を出た。枝の上からイツキがこちらをじっと目で追っている。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る