二十一周目の異世界は超ハードモード ~滅亡世界で生き残るは不撓不屈の大英雄

最上へきさ

滅ぼすべきか救うべきか、それが問題だ

 俺の名前はタイラ・マサツグ。

 自分で言うのも何だが、抜山蓋世の大英雄だ。


 俺はこれまで異世界転移を繰り返しながら、二十回ほど世界を救ってきた。


 初めはただの貧弱男子高校生だった俺も、四回目からは熟れたベテラン勇者の風格を醸し出しはじめた。

 召喚主への自己紹介も手短になったし、世界を覆う危機的状況の把握も早くなった。現地民との摩擦もかわせるようになったし、ハーレム展開における空耳力も天井知らずだ。


 つまり今の俺は、どんな危機的状況でも的確に対処――聖剣を抜くなり時を超えるなり封印魔法を解き放つなり隕石を砕くなりして、最短ルートで世界を救うことが可能な、全自動型破滅回避災厄殲滅人類救済決戦兵器って訳だ。


 大事なことだからもう一度書いておくぞ。

 全自動型破滅回避災厄殲滅人類救済決戦兵器。

 それがこの俺、タイラ・マサツグだ。


 ……自己紹介が長くなったな。


 とにかく俺は、生命の集団的無意識領域から湧き上がってきた自殺願望の器こと魔王ダーク・ダスク・ダムドを滅ぼし二十周目の世界を救うと、別れを惜しむ美少女達に背を向けて、再び異世界へと続くゲートに飛び込んだ。


(……なんかいつもと違うな)


 異世界へと続くゲートはいつも虹色だ。

 あらゆる世界のあらゆる風景が入り混じったかのような極彩色は、まさに混沌と秩序の境界そのものだった。


 だが今回のゲートに色はなかった。

 ただひたすら灰色の影が続く。


 やがて辿り着いたのは――やはり、灰色だった。


(どういう……ことだ?)


 そこは街だった。

 かつては人が住んでいたのだろう。だが今は一人もいない。

 あるのは、崩れて捻れたコンクリートの塔、溶けて歪んだガラスの山、それから吹き荒ぶ砂塵だけ。


 これは俺の知っている異世界転移じゃない。

 今までに培った【危機感知】スキルが、全神経を奮い立たせる。


 周囲を警戒しながら召喚主を探す――それが転移直後のセオリーだ――が、目に入るのは白骨死体だけ。

 それから、周囲の道や壁を覆い尽くすような血文字。


 一体、誰が何のために俺を呼んだのか。

 推測している時間はなかった。


「た、た、たたた、助けてくださいぃぃぃぃぃっ」

「殺せッ! 殺せッ! 光臨教の女だッ! ブッ殺せェェェェェェェッ」


 周囲の廃墟から飛び出してきた、人、人、人――


 一人は女。身なりは良い――周りの連中に比べれば。


 彼女を負っている連中は、強いて言うならオーガやゴブリンに似ていた。

 手には個性豊かな得物が握られている。鉄パイプ、チェーンソー、ナタ、ナイフ、ショットガンに手製の槍まで。


「ははーん、このシチュエーションは三番目と六番目と十番目と十三、十四、十五番目で経験したぜ」

「た、たすけ、助けてくださいそこの人ぉっ!!」


 二十回の異世界転移でビルドした鬼畜スキルコンボが、文字通り自動で発動する。

 【自動反撃】【行動妨害】【瞬間離脱】【隠身】【暗殺】。


 一瞬で、三十名からなる敵は壊滅した。

 対する俺と金髪の女はまったく無傷。


「あ、あなたは……その動き、魔法のような武器――あなたこそ我ら光臨教が願い続けた救世主では!?」

「確かに、何度か世界を救ったことはある」


 よかった、この世界は魔法を受け入れてくれるようだ。

 十七番目の世界では、魔法使いは即投獄される厳しい法律があったからな。

 物理攻撃だけで世界を救うのは骨が折れたもんだ。


「命の恩人にお礼をさせてください! よろしければわたし達の『村』へ、どうぞ!」

「ありがとう、助かるよ。実はこの世界のことを全然知らなくてね」

「ええ、ええ、そうでしょう! 異世界からやってきた方ですものね! ――申し遅れました、わたくし光臨教の司祭をやっております、ユカと申します!」


 村へと向かう道すがら彼女――ユカが教えてくれた情報をまとめると、こうだ。


(遡ること数百年前、この世界では大きな戦争があった)


 大国同士の争いはあっという間に飛び火して、世界中で火の手が上がった。

 終わりのない戦争は人々を苦しめ、大地を荒廃させた。


(その時、空から一筋の光が差した)


 光は大地を貫き、溢れる輝きが世界と人の心を浄化した。


 世界を本来の姿へと戻した光。

 それをもたらす資格を持つものを神の御子と呼ぶ。


「わたしは、あなたこそ第二の救世主だと思うのですっ、マサツグ殿!」


 うーん、どうだろうか。

 確かに【隕石召喚】とか【落下ダメージ無効】とかは使えるけど。


(というか、浄化された割には)


 かなり荒んだ風景が続いていた。

 壊れたビルや建物、車の残骸、吹き付ける風は常に砂塵をはらんでいる。

 死体もそこら中にある。白骨から割と新鮮なヤツまで。


(今回の異世界は、かなりハードモードっぽいな)


 ……ユカが連れてきてくれたのは『村』は、思ったより頑丈で攻撃的な建物群だった。


「これ、村っていうか、要塞じゃ……?」


 崩れかけた外壁には有刺鉄線が張り巡らされ、見張り台には巨大な銃火器が備え付けられている。

 確かに、武装した見張りがいるゲートを越えると、中では畑作が行われているけれど。


「何を仰られるんです! この程度の備えでは、『外』の連中から身を守るので精一杯ですっ」


 まあ、さっきの連中が集団で押し寄せてきたらこの防備では危ないかもしれない。


「というかアイツら、一体何者だったんだ?」

「ヤツらは獣です! モンスターです! 光を恐れ、我々が育む実りを奪おうと常に目を光らせているのですっ」


 やっていることは確かに野生動物だけど、ええと、人間だったよな?

 【鑑定】スキルでもそうなってたし。


「おお……あなたが……新たな救世主様……ですか!」

「そうなんです、教主様っ!」


 村で一番大きな建物――『聖堂』の奥には、『教主様』がいた。

 いた、というか、あった。


(……生きてるんだよな?)


 それ・・は老人の声を発したが、見た目は五メートルほど積み上げられた緑色のゲル状の何かだった。

 ちなみに【鑑定】では【種別:変異種】となっている。

 今までの世界では、魔法使いのアジトで飼われているキメラとかが該当していた種類だ。


 一体どこに発声器官があるのか分からないが、『教主様』は老人の声で続ける。


「神よ……感謝いたします……」


 緑色のぶよぶよが、机に置かれた書物に触れる。


「この本……見覚えがあるな」

「おお、流石は救世主様! この書物は古代より伝わる聖書――『光を述べる書ライトノベル』ですっ」


 どこかで聞き覚えがある。

 あれは確か、俺が異世界に転移する前のような……


「待てよ、奥に飾ってあるピンクの髪をした少女の人形はなんだ?」

「あれは聖母様です! かつて救世主様と添い遂げ、新たな人類を生み出された尊き御方を模した像です!」


 アレも見たことがあるぞ。

 うろ覚えだが、俺が訪れた世界のどれかでは、すごく人気があった人物だったような……


「救世主様……ぜひ……地下の扉を……お開け……ください!」


 突然、教主が叫ぶ。


「そうでした! 救世主様であれば、あの扉も開けるはずです!」

「扉? 何か大事なものでも保管してあるのか?」

「ええそうです! ぜひ、こちらへ!」


 お、そのパターンは六回目の異世界以来だ。


 ユカに案内されて俺が向かったのは、『聖堂』の地下室。


「ここには、かつて世界を救った光の欠片が残されているのですっ! 資格のないものには扉を開くことが出来ないのですが……」

「へぇー、そうなんだ」


 地上に比べると、かなり整った内装ではあるが。

 なんだかめちゃくちゃ物々しい雰囲気で、そこら中に危険を表すサインやマークが書かれている――


(……あれ? この文字、見覚えがあるぞ?)


 かれこれ二十回も異世界を渡り歩いたせいで、ほとんど記憶から抜け落ちているが。


 これは――この文字は……


(……漢字、か?)


 俺の生まれ故郷、地球――日本。

 そこでは日常的に使われていた文字種だ。


「それは古代文明・・・・で使われていた文字です。わたくし達はまだ解読が出来ていないのですが」


 ……嫌な予感がしてきた。

 今のユカの話だけじゃない。


(……核物質貯蔵庫って書いてあるぞ)


 進入禁止、防護装備必須、無断立ち入り厳禁、権限者のみ立ち入りを許可、装備に不備はないか確認せよ……

 周囲に張り出されたポスターやステッカーが、あまりにも不穏すぎる。


(世界を救済した光、ってまさか)


 疑いの余地は無くなっていく。


「さあ、救世主様。こちらの板に手を当ててください」


 ユカが示したのは、大量のモニターが並ぶ部屋の入口につけられた、ガラスらしきプレートだった。

 うろ覚えの日本語知識で周りの標識を確認する。


 この部屋は施設全体のコントロールルームのようだ。

 貯蔵されている軍事用核物質を制御しているのも、ここだ。


 ユカが示した板は鍵のような機械で……どうやら、遺伝子を識別して資格を判定するらしい。


「わたくし達、光の民では開けられないのです。教主様の調べによれば、異界から訪れた救世主様だけが開けられると」

「……やってみよう」


 俺が板に触れると、扉はあっさり開いた。


「わー! ありがとうございます、救世主様っ! これで新たな浄化の光を放ち、世界を救うことが出来ますよっ!」


 歓声を上げるユカ。

 よくよく見れば、彼女の種別もまた【種別:変異種】だった。


(……さて、どうするか)


 俺を襲ってきた連中は【種別:人間】だったが、話も通じなさそうな有様だった。

 俺を歓待してくれたユカ達は【種別:変異種】で、どうやら残された地上の民――【種別:人間】を一掃しようとしているらしい。


 全自動型破滅回避災厄殲滅人類救済決戦兵器として、俺はどうすべきなのか。


 悩んでいる間にも、【耐性:放射線】スキルのレベルがどんどん上っているのが分かる。

 コントロールルームに折り重なった死体の様子を見るに、どこかから放射線が漏れているらしい。


「さあ、どうぞ! 救世主様!」


 ユカに促され、俺は赤く光るボタンの前に立つ。

 核物質・・・の起動スイッチのようだ。

 これを押せば、世界を救える、のか。


(このタイプの異世界は……まだ、訪れたことなかったな)


 ボタンを押すのか、ユカたちを殺すのか。

 答えのない問いを抱えたまま、俺は立ち尽くす。

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