21回目の嘘

常盤木雀

二〇二一年の嘘


 まず最初に、ごめん。僕は君に嘘をついている。

 でも、これだけは信じてほしい。決して君を傷つけたくてしたわけではないんだ。ただ君を救いたくて、一緒にいたくて、その一心でここまで来た。本当は君はこんなことを望んでいないと分かっていたけれど、それでも、君を失いたくなかった。


 君は覚えているかな。西暦二千年になる前、僕たちは大勢で生きていた。君なら、「今もでしょ」って言いそうだね。そうだね、今も大勢で生きているね。本当にごめん。

 ともかく、そのころ、一九九九年で世界は滅亡する、なんて話題があったのを思い出してほしい。予言か何かで世間が騒いでいたけれど、君は全く信じていなかったね。「何とかなるでしょ」なんて笑っていた。エンジニアの僕からすると、予言よりもコンピュータシステムの類がきちんと二千年にカウントアップされるのかが心配だった。毎日が続くことは疑っていなかったし、ただ僕がシステム修復の緊急対応にだけ怯えていただけだった。

 でもね、それは間違っていたんだよ。僕たちは二人とも、何も分かっていなかったんだ。

 寸でのところで僕は気が付いたんだよ、世界は本当に滅亡するって。

 ああ、本当にごめん。僕は君が死ぬなんて考えたくなかった。「二人で一緒に死ねるといいね」と言って将来を誓ったけれど、耐えられなかった。楽観的な君を、僕は無理やり地下室に連れ込んだんだ。その時に、君の意識を奪うために手荒なことをしたのも申し訳ない。でも正直なところ、それは些細なことなんだ。

 『オズの魔法使い』が好きな君のために作った地下室は、ほとんど僕の研究室のようになっていたね。そこに君と非常食と持ち込めるもの全部を運んだ。僕は動かない君を抱きしめて、その時を待った。


 ――結果は、僕たちだけが生き残った。


 これは事実なんだ。

 普段通りの生活をしていた人たちだけではなくて、核シェルターにこもっていた人も、神に祈りを捧げていた人も、跡形もなく消えてしまったんだ。僕たちだけを残して。

 こんなことになるとは思っていなかった。君の地下室の何が良かったのかは分からない。まさか、シェルターの人まで全滅して、世界にたった二人になってしまうなんて、考えてもみなかった。それが分かっていたら、あの時世界中と、君と心中していたのに。

 君が目覚めたらどう説明しようかと、僕は途方に暮れた。君は楽観的だけど、繊細だ。悲観的にしか見られない状況に陥ったら、君の心は壊れてしまうだろう。泣き暮らす君も、抜け殻になった君も、虚勢を張り続ける君も、僕には見るのが辛い。

 だから僕は決めた。君に何も見せなければ良いと。

 幸い、世界に『物』は残っていた。人間だけが、ごっそり消えてしまったんだ。だから、何でも利用することができた。そして、君はなかなか目覚めなかった。滅亡の影響が何かあったのかもしれないね。

 君が目覚めるまでに、僕は状況を確認した。原子力発電所がオート制御で動いていた。電気が使える。ガスも、タンクを使い切るまでは使えるだろう。予想外に、コンピュータシステムは誤作動を起こさなかった。今までの技術者が優秀だったんだね。それ以降は保守する人間が僕しかいなくなったけれど。

 君には、開発中だったVR――バーチャルリアリティーの装置を着用させた。あの頃には既に、研究だけはしていたんだ。まだ全然実用的ではなかったけれど、とりあえず家の中にいる感じくらいは再現できたんだ。天才だった研究仲間のおかげだよ。

 運命の日から一週間ほど経つと、君の意識が戻った。僕は準備ができていたから、全て計画通りに進めた。

「君は急に具合が悪くなって倒れたんだ。もう少し安静にしていないといけないよ」

 僕の言葉を、君は疑わなかった。体に違和感があると言っていたね。それが滅亡の影響なのか、僕が与えてしまったものなのか、もしかしたら後者かもしれない。でも、当時の僕には都合が良かった。君がベッドの中にいる間に、急速にVRの開発を進めたんだ。

 人間、追いつめられると何でもできるものだね。あんなに手詰まり状態だった開発は、嘘のように進んだ。僕は開発をして、君と会話をして、外に出て食べ物を探してくる生活を重ねた。そのうち君が元気になったから、VR内で自由に活動できるようにした。

 それが、今の生活なんだ。本当にごめんね。


 初めは、年が明けたら少しずつ話していこうと思っていたんだ。でも、二〇〇一年になった時、君の「あけましておめでとう」を聞いたら、決心が鈍ってしまった。

「あけましておめでとう。今年も良い年になりますように」

 例年通り、そう答えてしまった。

 『今年も』『良い年』になんて、なるはずがないのに。おめでたいわけがないのに。


 三か月前、僕は二十一回目の

「あけましておめでとう。今年も良い年になりますように」

を告げた。

 日頃は平気で嘘をついているのに、年の区切りのこの言葉は、年々口にするたびに胸が苦しくなる。僕たちだけ生き残ってごめん。君を引き留めてごめん。僕の虚構の中で生活させてごめん。君に嘘をつき続けてごめん。あの日にあったことを隠し続けてごめん。君の大切な人を勝手に再現してごめん。

 あれから二十一年。外の世界は廃れていく一方、僕たちの世界は大きく進歩した。進歩させた、が正しいか。変わり映えのない世界なんてありえないから、必死になって新しいものを開発したよ。

 携帯電話は徐々に小型化して、それからスマートフォンに変えてみた。僕たちが想像した未来の機器って感じだよね。自動車も自動運転を開発中ということになっている。VRとかARとかを話題ということにしたけれど、君はもっと高度なVRの中にいる。AI――人工知能も、君が好きな小説や雑誌を書けるくらいに進歩しているんだよ。人の手がないと芸術的なことはできないことになっているけれど、AIがなければ僕だけで君の娯楽をつくらなければならないからね。ほとんどのものはAI製だよ。

 世界情勢も、何とか作り出しているんだ。国同士の関係を良くしたり、悪くしたり。新興感染症の流行をおよそ四年おきにしてしまったのは、少し規則正しすぎたかと反省している。でも、一喜一憂している君には悪いけれど、何もかもがVR内の仮想だから安心してほしい。戦争を起こす人間はいないし、感染症を広める人間もいない。……ああ、こんな世界に君を生き残らせてしまって申し訳ない。君が会っている人も、SNSで仲良くしている人も、バスで意地悪を言った人も、みんな実在はしないんだ。


 二十一回目の新年の挨拶を終えて、僕は、自分を情けなく思っている。きっとこのままでは、君に真実を告げることができないうちに、僕たちは寿命を迎えてしまうだろう。それでは、君と死後に合わせる顔がない。とはいっても、ここまできたらこのまま隠し通す方が良いのではとも思い始めているんだ。今までの二十年は何だったのって、君が気落ちして、何も信じられなくなってしまうのは悲しい。

 情けないなりに考えたのは、成り行きに任せようということだ。

 僕は、ある小説サイトでコンテストを企画した。これは今までもあちこちでやってきたことだ。今回、そこにこのメッセージを投稿しようと思う。

 君はあの小説サイトを見るだろうか。たくさんの小説の中にあるこのメッセージをみつけるだろうか。もし君がみつけないなら、そして読んでも自分のことだと思わないなら、僕は死ぬまで嘘をつき続けよう。僕の良心の呵責なんて、君の心の平穏に比べたら些細なことだ。君がみつけて、僕に問い質してくれたなら、遅くなってしまったけれど、これからの話をしたい。



 これが、二〇二一年の僕から君へのメッセージだ。

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