北田君

猿川西瓜

お題 21回目

 あの子に、21回目のラブレターを俺は渡した。

「愛してるぞ!」

 俺は声の限り叫んだ。駅の改札での別れ際で、だ。

「バカやろうが!!!」

 そのバカやろうは、「バカやろう(照)」ではなく、「殺す」という気持ちがこもっていた。完膚なきまでに叩きのめされた。


 思えば恋愛の師匠として北田君を選んだのが間違いだったのかもしれない。


――メールを打つときは、『。』のあとに、一マスあける。

 これは北田君に恋愛メール道を教えてもらった時に学んだマナーの一つだ。特に意味はなかった。北田君に添削をしてもらいながら、二週間かけてメールを送っていた。


――元気そうやん。が、会った時の一声で一番良い。

 これは北田君に学んだ中で最悪だったものの一つだ。元気そうやんと言って、めちゃくちゃ不機嫌になった。あの子はとても体調が悪かった。そんな子に、元気そうやんなんか言ったら「殺すぞ」と思われて当然だ。元気そうやんと言うことで、心配している自分をアピールできる、元気になろうという気持ちになれる、だからそう言えと、北田君にアドバイスをいただいたので実行してみたが、人間は理論通りにはならないものなのだ。


――やって後悔するか、やらんと後悔するか。

 これは自分のなかで最大のミスだった。北田君のアドバイスの中で、一番やってはいけないことだった。

 やらんほうが良い時もある。つまり、一度告白してフラれたら、しばらく身を引く、もしくは機会を一年かけて待つ方が良いのだ。21回もラブレターを渡してはダメなのだ。男子は三日たてば変わるというが女子は一生変わらない時もあれば、変わる時は2分で変わる。「待つ」というのも「攻め」なのだ。北風と太陽をなぜ学ばなかったのか。一年間くらい連絡をとらないで、その後「久しぶり」と連絡を取ればよかった。なぜなら現在の自分には決定的に魅力に欠けている。収入が少なく、服装もださく、そもそも余裕がない。それを改善せずにいくら攻めたところで敗北するのだ。それをしなかった。


――エンジェルナンバーやで、21。21回目の告白できっとうまくいく。

 21は前向きになにか良いことが起こる奇跡の数字と言われている。ってかどんな数字も良い意味にできるわ! 21回目で起こった奇跡とは、あの子がマジでキレただけだ。


――大人になれ。

 これは北田君から得た唯一まともなアドバイスだ。結局あの子に着信拒否されることによって、俺は彼女への連絡を止めた。


 恋心を失ってしまうと、まず激しい後悔が起こってきた。

 俺はなんてことをしてしまったのだろう。どれほど彼女に圧力を加えていたことだろう。嫌だっただろうなぁ。怖かっただろうなぁ。そういった自責に念がわく。

 それから、パロディが起こる。

 その子との思い出話をするうちに、だんだんと「ネタ化」するのだ。その子はフランス文学が好きだった。なので、サルトルの話題から、ポケットに鼠を飼っているという当時のイケてる人間のエピソードに移る。そして、その子はポケットに鼠を飼っていて、今頃餌を喫茶店とかであげたりしているとか言って、空想でその子をネタに茶化すのだ。最低だな、と思う。

 人はふられると、執着にうつり、そこから自責に陥り、次第にかつての恋愛対象をパロディやネタ化し、ついには涙も枯れはて、やっと他人になる。

 

 エンジェルナンバー21を心に抱えたまま、俺はまだその子の携帯番号を眺めていた。

 消した方がええな。


 消した。


 メールアドレスも消した。連絡する手段が困難になると、わりと諦めがついた。

 というか、何もかも消したのでどうすることもできない。

 これは俺がネトゲ中毒を脱した時と同じだった。ネトゲ中毒を止める手段はパソコンをぶっ壊すか、ゲームをアンインストールするしかない。それか、他の仕事でめちゃくちゃ忙しくなる必要がある。俺はアンインストールしまくることで乗り切った。


――エンジェルナンバー22は信じる心を持つ、やで。

 北田君はそう言った。

 いや、何を信じるのかと言われれば、とくに信じるものはない。というか「自分に自信を持つこと」としか思えなかった。それは「資格」だったり「収入」だったり「スキル」だったり「キャリア」だったり、具体的な根拠に基づく自信だ。

 最初から22であればよかった。22を目指して、何年も彼女と友達同士であることを保ち、あの子が何人かの男性と付き合っては別れてから最後に登場すれば良かったのだ。

 21回におよぶ彼女への無理解。

 俺は、自分のことが信じられないから、彼女が自分を振ることが信じられなかったのだ。



 北田君に教わったことは、悪い話ばかりじゃない。

 香水を買え。これも教わったことだ。あの子を惚れさせるため、さっそくアマゾンドットコムで男性的なタイトルの香水を購入した。北田君にそれを告げると、香水は横腹や、太ももにつけろという。

 手首や首につけると、香水がきつすぎて、いかにもな人間と思われてしまう。それに鼻がイカれてしまう。しかし太ももにつけることによって、香りがふわりと漂い丁度良くなる。そう、教わった。

「どうして香水なんか買うのか?」

 俺の素朴な疑問に北田君は答えた。

「匂いを覚えてもらうためや。心に刻み込むんや。俺は心に刻みたいんや。女子の心に。俺を一生忘れんといてほしい」

 北田君は孤独な男だった。大阪の中心部の超一等地に三階一戸建てで住んでいる化け物みたいな金持ちで、祖父はその地域に多大な貢献をした名士だ。金持ちなので、孤独だったのだ。たぶん。本当はただのマザコン金持ち男だったのかもしれない。しかし、同窓会には絶対に出席しなかった。行かない理由を聞くと、「俺はまだ完成されてない」と北田君は答えた。完成するまで同窓会には行かないという。いつ完成するのかは誰にもわからなかった。


「香水をつけて何回か会ってみろ。お前の匂いが覚えられるやろ? それで彼女が街を歩いている時、同じ香水をつけた男とすれ違った時に、お前を思い出すわけや。香水は記憶のためにあるんや。太ももに三回吹きかけろ」

「わかった」

 もちろんうまくいかなかったのは前述の通りだ。


「服や。服を着ろ。ナンバーナイン」

「ナンバーナイン?」

「でもまだナンバーナインはお前には無理や。レベルが高すぎる。お前は堀江を歩けない」

 ナンバーナインとは服のブランド名だ。オシャレなメンズは必ずナンバーナインを着ているものだった。そして「堀江」とは、心斎橋よりもうちょっと西長堀のほうに歩いて行ったところにあるオシャレタウンのことだ。洒落た人間たちがウロウロする魔界と言って良い。

「お前が堀江を歩けるようなオシャレになったら、彼女も戻ってくるかもな。俺でも堀江歩くときは緊張する」

 北田君と一緒に買い物に行ったとき、幾度もこうアドバイスをもらった。

「試着するのはただ。着るのはただやねん。試着しまくれ」

 実際、試しに来てみると、自分が生まれ変わったような姿になる。

「これが……俺……?」

 鏡の前で感動していると、北田君は言った。

「服を着替えると性格とか、気持ちも変わるねん。服が心を決めるねん。心で服を選んだらあかん。服は心を超えたところにある」

 実際、がんばって13万円のコートを買ったら、着ているだけで堂々と街中を歩けるようになった。世界は自分中心に回っている気がする。13万円のコートがそんな気持ちを人に与えることができるのだ。


「自分を痛めつけろ」と北田君は言った。

 北田君は、筋トレをするときも、汗だくになって自分を痛め続けていた。仕事においても、自分を苛め抜くほど懸命に働いていた。北田君はある日過労で、風呂からあがったときに倒れた瞬間、「これが過労死か……」といって気を失ったと言う。


 結局、俺は北田君とつるむ日々に戻った。

 北田君はそのあとドナー登録して、二回ほど誰かの命を救っていた。

 バイクに乗りながら、パンティーライナーという言葉を連呼してゲラゲラ笑っている人間なのに、なぜその発言と並行して、見ず知らずの他人のために命をかけることができるのだろう。

 普通の人間じゃない。北田君は確かにそうだった。


 そして、そんな普通じゃない人間のアドバイスを必死に実行していた自分は、そりゃあ失敗するはずだと、俺はがっくりうなだれるのだった。

 俺が一番信じていたのは、自分でも、ましてやあの子でもなく、エンジェルナンバーなんかもってのほか。

 ずっとずっと北田君だったのだ。

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