天冷える頃に、彩を
真音
息苦しい街で
この街に来てから、何年が経つだろうか。いつものように季節を迎えるはずだったこの街は、今年はどこか違っていた。原因不明の流行り病で、既に多くの人が犠牲になっている。同じ事ばかり繰り返す報道にも、弱者を蔑ろにするお偉いさんにも、みんながうんざりしていた。
芸術都市といわれるこの街でも、軒並み公演や作品展が取り止めになった。息抜きも許されない息苦しい街から、郷里に戻ることすら叶わない。戻ったとしても、都会から疫病を連れて帰ったと知れたら、実家のあれこれがすべて世界中に晒されて、愚か者だと罵られ続けることが容易に想像できる。辛くても、ここで生き延びるしか術は無いのだ。
必要な用事を済ませたから、早く家に戻らなくちゃ。歩みを早めた矢先、距離をとっていたはずなのに誰かとぶつかってしまった。ようやく買ってきた画材を盛大にぶちまけてしまい、拾おうとしたところで手がぶつかって、可愛らしい女性と目が合った。
海のような澄んだ青と、今年は見に行けなかった桜のような可愛らしい桃色の長い髪。ついさっきまで水に浸かっていたような弾力のある滑らかな肌。そして、たくさんの鱗を敷き詰めたような鮮やかな服?
私のぶちまけた画材を拾いながら、彼女は瞳を輝かせてこう言った。
「貴女、絵描きさんかしら?良ければ私の絵を描いてちょうだいな」
耳を疑った。この騒動で腐りかけてる、しがない絵描きに自画像を頼むだなんて。閉塞感と彼女の無邪気さが、私を苛立たせた。
「は?このご時世で何言ってんの?芸術は死んでるんだよ、描いたって誰も見てくれないし、画材すらろくに買いに行けないのに、ほっといてよ」
有名なアーティストでさえも路頭に迷いかけているのに、無名の私に何が出来るというの?
「嫌よ。誰も見てくれなくても、それでも、貴女に描いてほしいの」
意志のこもったキラキラで凛とした瞳に見つめられて、押し負ける形で渋々彼女を家に入れた。
狭い生活空間の一角にキャンバスをセッティングし、先程買ってきた画材の封を切る。彼女はポーズを決めるでもなく、ただそこに座っていた。
これでいいの?と訊くと、これでいいのよ、と返ってくる。そのまま私は筆を執った。
描いている間、彼女は色々な話をしていた。これまで見てきたこと、この街のこと。彼女の話を聞いていると、不思議と筆がいつもより進む。
大方完成したかと思われた時、彼女は、朗らかな顔をしてこう言った。
「この絵を人がたくさん見るところに飾ってちょうだいな。きっといいことがあるわ、あなたにも、みんなにも」
それだけ言って、彼女は泡のように消えてしまった。
あれからどれだけの時間が経ったのだろう。街は未だに警戒態勢が解けることなく、息苦しい日々が続いている。久々に外に出て、必要最低限の買い物を済ませると、モノクロの世界に光が差すような彩りが目に入る。
「この絵を他の人に見せるといいことがあるみたいなのよ。病気が治ったなんて人もいるし」
あの日描いた私の絵は、街の広場に飾られている。
天冷える頃に、彩を 真音 @true_sound_m
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