ピエロ

石村 遥

(今日は嫌に冷え込むな…)


 もう3月になって何日か経ってるが日が落ちて数時間、冷たい風が頬を切る。コンビニで酒のつまみだけ買おうと思ってたが肉まんとホットコーヒーも買ってしまった。風が吹くたびに苛立ち、嫌な思い出ばかり蘇る。


(これだから寒いのは苦手なんだよ…)


 ポケットに手を入れ、足早に帰路に就く。


(もう今日は酒を飲んで寝よう…)


そう思っていた瞬間


「あれ?もしかして黒斗くん?」


後ろから誰かに声をかけられた。振り返ると白いニット帽と灰色のパーカーを着た女の人がいた。


「やっぱそうよな!いやー懐かしいな!」


そういって肩を叩いてきたがマスクをしており誰か分からない。


「あっ誰かわからんって思ったやろ?悲しいわぁ」


そう言ってマスクを外し、ニッと笑ってみせた。白い八重歯がよく見える。そうだ、中学生の時同じクラスの…


「あっやっと思い出した?よかった〜忘れられたらどうしようと思ったわ〜」


そう言ってまた肩を叩いてきた。そういえば、このノリが苦手で話したことがなかった。それから卒業してからの空白の時間を埋めるように何十分も話した。高校を辞めたこと、子供はいるけど父親はいないこと、なんでも喋ってくれた。中学生の頃から変わらないのは明るく喋るところだった。


「ちょっとタバコ吸っていい?」


そういって彼女はパーラメントのタバコを取り出した。慣れた手つきでライターに火を点け


「君も吸うかい?」


と1本差し出した。昔、どうしようもなく心が壊れてたとき吸おうとしたがやり方が分からず、それ以来吸わないと決めたと話したら彼女はケラケラと笑いだした。


「私ももともと吸わなかったんだけどね、元カレがずっと吸っててこの匂いが好きになっちゃったんだ。」


そう言う彼女は少し寂しさを見せた。よほど好きなのだったのだろう。そして父親もその元カレだったのだろう。


「なんかごめんね、久しぶりに会ったのにこんな感じにしちゃって」


そう言って無理やり笑おうとする彼女の目はさっきより明かりを反射していた。そんな顔をしないでくれ。心がキュッと締まる感じがした。


「そろそろ子ども迎えに行かないといけないから。また会ったらもっと話そう。今日はありがと。」


そういって彼女はタバコの火を消しまたニッと笑っていった。あの頃の俺たちが今のこの姿を見たらなんて思うだろう。そう思いながらコーヒーを取り出した。もう冷めきって苦みを増していたけど今の自分にはちょうどよかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ピエロ 石村 遥 @Daccho0822

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ